belonging

秋の気配を感じてしまった。

夜歩いていると、虫の音が聞こえてきた。

この日々に思い入れなど持っていないはずなのに、ただ時間を費やしているだけのようなのに、

この夏が終わっていくことを少し寂しいと思った。

 

祭りが終わると、夏は終わっていく。

40人ほどの会社の連では、ただ黙々と踊りの練習をするばかりで、一緒に踊る人たちの名前を覚えることもなかった。

祭りの日は台風が接近する直前で、怪しい風と分厚い雲に覆われていた。

だんだんと空が暗くなる中を、2時間半踊った。

いつも通る道が違ったところのように見える。

上司たちと先輩職員さん、たくさんの利用者さんと子どもたちが私を見つけて駆け寄ってきてくれた。

2000人もの踊り子の中から私を見つけてくれたこと、ひとりぼっちだと思っていたのにこんなにたくさんの仲間がいたことに気づけたこと、

とても不思議なご縁だなと思い、感謝した。

望んで来たわけではないのに、いつの間にか私はこんなにもここに組み込まれてしまった。

踊り終わって施設に着替えに帰ると、勤務の職員さんたちに労ってもらった。

帰宅すると、見に来てくださった上司と先輩から、メールが届いていた。

見に行ったんだけど見つけられなかったんだ、とすまなそうに言ってくれた子がいた。

声はかけなかったけど、見てたよと言ってくれた子がいた。

単調な生活の中で、華やかな祭りの果たす役割があることを知った。

ひとつの楽しみをわかちあえたことが嬉しかった。

 

 

 

夏休みだから、子どもたちが頻繁に泊まりに来てくれる。

友だち親子と一緒に遊ぶ時間も多い。

久しぶりに子どもたちと一緒に帰省することもできた。

夏休みだ。

 

誰かのお世話をしながら、一日一日が過ぎていく。

私自身の達成感や成長の喜びを、強烈な喜びを実感することなく。

ああでも、何でもない会話をしながら、飾らない食べ物を食べながら、私と居ることを喜んでくれる人たちと過ごす時間は

とても大切なものだと思う。

 

 

本当は違うのかもしれないけれど、

不安になって、私とおしゃべりすることで落ち着いていく利用者さんたちと居ると、

私の仕事はこれなのかなと思ってしまう。

テレビを眺めながら、CMの焼きビーフンが美味しそうっておしゃべりして、じゃあ一緒に作りましょうかって約束をしたり、

このマスコット可愛いですねって言ったら、そうでしょ、珍しく買ってしまったんですよ、でも私自分でも小物作るの好きでね…って見せてくれたり、

ひとりぼっちだと思って沈んでいた彼女たちが、急に笑顔になっておしゃべりをし始めてくれるのが嬉しい。

 

 

私生活にしても子どもたちのことにしてもカウンセリングにしても、仕事についてももちろん、うまくいかないことばかりに思えるけれど

まあ、こんなものなのだろう。

現実は現実としてただあって、それに色を付けているのは私の心次第なのだ。

 

明け方のテンション。誰もいない事務室。別世界を行き来する夜勤日。

最近は、できるだけ夜勤中に本を読むようにしている。

アドラーの子どものカウンセリングを読んでいると、深く落ち込むと同時に、小さな小さな信頼を積み重ねていくしかないんだとわかる。

そうだ、私は目標が高すぎるんだった。

私が目指しているのはアドラーという、野田先生という、大魔法使いだ。

自分のしていることと引き比べて、追いつかなくて当然であろう。

だけどそんな不十分な私であるからこそ、もしかしたら大魔法使いには手に入れられなかったぐらいに、

たくさんの応援し見守り支えてくれる仲間がいるのかもしれない。

小さい存在である私のめぐり合わせにも、感謝してみよう。

 

 

 

帰り道、ある家の庭先でサボテンが大きな白い花を咲かせていた。

6、7つ咲いている。甘い香りが漂っている。

夜の間に咲いて、次の日には枯れてしまう種類だろうか。

不思議な咲き方をするものだと立ち止まってしばらく見つめていた。

亡くなった祖父が、サボテンの花が咲いたと嬉しそうに見せてくれたことを思い出した。

きっと人は思い出の中にも所属できるのだろう。

しかし思い出の中だけに所属していると思ってしまったら、現実が消えてしまいそうだ。