喜んで

今日は次々と任務が降ってくる日だった。

学校の送迎業務が3つ。そのうちひとつは、帰所した瞬間にUターンして急遽迎えに行くことになった。

会議で私の担当の子どもさんについての報告(モニタリング)。その後、報告文書の入力の仕方を先輩に教えてもらって作成。

預かりの女の子たちに一緒に遊んで欲しいと言われて、ごっこ遊び。

ピアノのレッスンを見ていて欲しいと言われて、レッスンの見守り。

耳に何か詰まったと言う低学年の子を、急遽耳鼻科へ受診付き添いと送迎。

事務所にいる間は次から次へと電話がかかって来て、何人かの学校の先生ともお話しした。

塾の時間を間違ってお知らせしていたために、居室と塾の部屋と事務室とを駆け回ったり。

そして最後は、調理室の片隅で腐敗してしまっていた玉ねぎの処理!

いっぱい働いた!

 

 

任務をこなす度に、ほとんどの場合は日報にあげなければならない。

だから次々任務が降ってくると、次々日報も書かなければならなくて、

その日報が書かれていない間に、また次々とその続きのまさかの展開が起きたりするので、

情報共有と連携プレーが秒速で行われたりする。

今日はどの職員さんもバタバタで、今日は何でこう次から次へとやってくるんだろう?ってみんなで笑っていた。

複雑な状況説明の日報を書いているとき、何かの拍子に消えてしまったりして、普段はしっかり者の上司が凹んでいたり、みんなで慰めたり、

何かが起こる度に、私も仲間だなって思えることが増えていく。

急遽入る送迎業務は、よし、Mさんお願いします!と、私を使っていただけるようになったので、行って参ります!と喜んで出動している。

この職場は、気持ちよく働く人たちが多い。

大変な現場だけれど、楽しいこともたくさんある。

今日も大変だ!頑張ろう!っていうパワフルな職員さんたちから、私も元気をもらう。

 

境界に落ちている仕事を、私はけっこう拾うタイプなので、それ故に可愛がってもらっているんだと思う。

玉ねぎの処理とか、宿直室のお風呂掃除とか、ペーパータオルの補充とか、野菜の水やりとか、誰がするとも決まっていない仕事が、毎日山のようにある。

こういう些細だけれど必要な仕事は、私はけっこう好きみたいだ。

お役に立てているって、自分ではっきりわかるからなんだろうな。

 

 

送迎業務もとても楽しい。

今日は急遽、自閉傾向や時間的なこだわりが強いと言われている中学生の男の子のお迎えに行った。

人と接するのも苦手な子なので、私は今まで挨拶以外はほんの一言二言、話したことがあるぐらいだった。

遅くなってごめんねと言うと、いや、ほとんど待ってないですよ大丈夫です、と笑顔で応えてくれた。

それから帰所するまでの間、ずっと話してくれていた。

今日は社会見学で博物館の恐竜展に行ったそうで、感想を話してくれた。

ー本物の化石かと思ったらレプリカだったから一気に興味無くしたわ〜

本物だったらちょっとワクワクした?

ーうん、やっぱり本物だったらね。でもレプリカじゃあな。

私もこの前行ったけど、でもよくこの博物館でこれだけ集めれたなって思ったよ。 

ー確かに頑張ってはいたと思う。でもなんか中途半端。まあ、涼しかったからそれだけは良かったわ〜学校も暑い。だから涼しいのは良かった!

中途半端か〜。子どもは恐竜ってだけで大喜びだったけど、そうだね。大きい子たちにはねえ。

ーそうそう、途中で小さい子たちがいっぱい来て、ガイドさんの話全然入ってこんかったわ!

そうだったんだ。小さい子たち賑やかだった?

ーわーわー言ってたよ。まあ、微笑ましいっちゃ微笑ましいんだけど。でも全く集中できんかった(笑)

グチのようだけど、彼の真面目さとか優しさとかが感じられて、とても楽しくて嬉しい時間だった。

関わるのは苦手なんだろうけれど、彼が小さい子たちにとても優しいのを私は知っている。

一緒にサッカーで遊んであげているとき、とても細やかに気を配っていた。

控えめで繊細なんだけど、家族にも他の人たちにも、色々な気配りのできる優しい子だ。

その彼の素敵なところを、どうやって彼に伝えたらいいのかはまだわからないけれど、

私が彼と楽しく会話ができるようになったのは、一歩前進かなと思う。

16時過ぎが下校時間の、平日の、12時過ぎの出来事だ。早退だ。ちなみに遅刻して行っている。

でも、彼は今日は学校に行けた。そして新しい体験ができた。そのことを、私に伝えてくれた。

なんて素晴らしいことだろう!

私は心からそう思えてしまう。

 

 

どの子も、「ありがとうございました!」って言って笑顔で車から降りてくれる。

お行儀良くて、可愛いなあ、いい子たちだなあって思う。

私は必ず「シートベルトをお締めくださ〜い」と言い、全員がきちんと締めるまで絶対に発車しないので、

はじめの頃は「何で締めんといけんだ?別にいいし!」とか言っていた子たちも、

私が運転するときは「シートベルトもう締めたで!」と報告してくれるようになった。

なんて素晴らしいんだろう。

「え?もう締めたの?ご協力ありがとうございま〜す!では出発!」と言って、私は発進する。

本当に小さな小さなやりとりが、そこで気付ける子どもたちの成長が、私にはとても楽しくて嬉しい。

 

初心者マークつけてる私の運転、嫌じゃないかなと思っていたんだけど、

もちろん安全運転しているので安心して乗ってくれているというのはあるだろうけれど、

大人である私も練習して頑張っている、ということを子どもたちは嬉しそうに見守ってくれる。

「Mさん運転できるようになったんだ!」って喜んでくれたり、

「この道狭いけど、初めからMさん通れた?」と聞いてくれたり。

「通らないといけないから頑張ったよ。いっぱい練習したよ〜。」と言うと、みんなにこにこ聞いてくれる。

大人は何だってできるみたいな顔しているけど、みんな初めは何も上手にできなくて、失敗をいっぱいして、やっとできるようになったんだよって、

不器用な私の様々な日々の奮闘を見ながら、子どもたちは学んでくれているのかな。そのことに勇気づけられているのかな。

もしそうなら、私は不器用で良かった。

大嫌いだった自分の不器用さが、少し愛おしく思える。

きっと不器用だから、一生懸命さでカバーしようとしたんだな。私は。

諦めたり人のせいにしたりせずに、努力して人並みにできるようになろうとしてきたんだ。

…ここで出会う子どもたちのおかげで、それから職場のみなさんのおかげで、私は自分に対しても良いところを見つけられるようになったかもしれない。

 

 

 

夕方、学校でお昼に友だちと遊んでたら耳の中に紙屑が詰まって、さっき取ろうとしたら奥に入っちゃってどうしようって言ってきた低学年のSちゃん。

「もう!何で早く言わないの?」と、お母さんのような職員さんが「ちょっとこっち来んさいな」、と

Sちゃんを膝枕して、

数人で耳の中を照らしたりピンセット持ってきたり色々したけど、

これは我々にはどうにもできないと判断し、耳鼻科を受診することとなった。

 

行ったことのないちょっと遠い耳鼻科へ、車で送迎する役目を仰せつかった私。内心ドキドキ。

取れなかったらどうしよう…と不安になっているSちゃん。

ドキドキの2人は無事に目的の耳鼻科へ、受付けが終わる15分前にすべり込んだ。

「子どもはよく鼻の穴とか耳の穴とかに、どんぐりとかレゴとか色々詰めちゃって病院に行くものだよ。お医者さんにちゃんと取ってもらえるから、大丈夫だよ。」

Sちゃんを膝枕して、髪をなぜながら言った。

Sちゃんは「良かった。」と言った。

「鼻の穴なら、詰まったのすぐわかるけどね。」と言うと、

Sちゃんは鼻の穴にどんぐりが詰まったところを想像してみたのだろう、ちょっと笑った。

「耳の中はわかんないから、教えてくれて良かった〜。」

「ほんとだね。」Sちゃんはちょっと神妙な顔をしてうなずいた。

「でもさ、お医者さんが間違ってSちゃんの耳ちぎっちゃったらどうしよう…」

「大丈夫。今のお医者さんはすごくいい機械も持ってるし、細いピンセットも持ってるし、上手に取ってくれるよ。」

「うん…」

 

診察室に入ると、お腹を押さえるSちゃん。緊張が極まっている。がんばれSちゃん!

初老の優しそうなお医者さまが、笑いをこらえながら、どっちの耳かな?と尋ねられた。

こっち、とSちゃんが耳を見せた。

「はいはい、ああ、ありますね。取りますよ〜。動かないでね。」と、細いピンセットを手に取られた。

Sちゃんが、目をつぶって、ギュッと私の手を握った。がんばれSちゃん!

「はいはい、これですね。」小さな白い紙くずが先生の手の平に乗っていた。

わあ!とSちゃんは目を丸くしていた。

「鼓膜に傷もついていないですし、もう大丈夫です。はい、お疲れ様でした。」

にこにことお医者さまは仰った。

 

「取れて良かった!よく聞こえるようになった〜!」と、にわかにSちゃんは元気になった。

「早く帰りた〜い!Sです!名前早く呼んでくださ〜い!」

いつもの賑やかなSちゃんに戻っていた。

「これからはどうする?」

 「え〜わかんない」

「お耳に何か入れたらどうなるかわかった?」

 「うん。(笑)でも友だちが入れたの」

「そっか。じゃあ耳に入らないようにできる?」

 「…うん。」

「もし入っちゃったら、早めに教えてね。ちゃんと取れるからね。」

 「うん!」

 

 

ありふれた日常。失敗ばかり、まさかの出来事ばかり。

そんな細々した事件のひとつひとつを、たくさんの人たちに支えられて乗り越えて行く。

たくさんの人たちとの繋がりの中で、子どもたちも私も生かされている。

色々なことを思うけれど、

ここはあったかいなあって、思った。

この職場も、この土地に生きる人々も。

 

私にできること

今日は絶対的休日。

朝からコーラスの練習に出かけて、コーラスのお友だちたちとランチして、

それからまた別の友だちとお喋りをした。

夕方、ソファーで野田先生の論文を読んでいたら昼寝してしまっていた。

夜はベイトソンゼミ。

その後ベイトソンの本を読んでいたらまたうたた寝していた。

なんて優雅な休日。

 

 

私の関わる子どもたちには、登校しぶりのある子どもたちがとても多い。

中学生に関しては100%そうだ…

モーニングコールとか、それでも起きなければ部屋まで起こしに行くという業務も、朝のルーティンワークとして務めている。

失礼しま〜す。おはよう!今7時10分ですよ。今日はどうしますか?

ーわからん。

じゃあまた声かけましょうか?何時に声かければいい?

ーんー、わからん。

うーん。じゃあ、8時に声かけようか?

ーそれでお願い。

わかりました!失礼しました〜。

随分慣れてきた。アホみたいににこにこ務めている。

 

送迎業務を担えるようになったので、そんな遅刻・早退の中学生たちを毎日のように学校まで送迎している。

車で片道10分。あんまり話をしてこないから、私もあんまり話さない。

でも、どんなに遅い時間に登校する時でも、登校できて素晴らしいって心から思い、

よし行こう!って言って意気揚々と発進する。

どんなに早くに早退する時でも、お疲れさま、頑張ったね!って言って車のドアを開ける。

はにかんだ顔が、まだ幼いなと思う。

 

どうしたらもっと早く行けるかなとか滞在時間伸ばせるかなとか、明日はもっと頑張ろうとか、絶対に言わないようにしている。

学校には毎日朝から行って全ての授業を受けるべきだって、彼らはちゃんとわかっている。

わかっていて、そうしていない。

そうする勇気がくじけているから。

だから、当たり前のことをお説教することは、さらに彼らの勇気をくじいたり彼らとの関係を悪くする作用しかないと思う。

せめて、これ以上悪くしてはいけないと思う。

 

「関係が先行する」とベイトソンが書いている。

パセージでも、まず良い関係を保つことを強調している。

私は、彼らの日常に馴染んできたところだ。

良い関係を作っていきたいと思っている。

それができるかどうかはわからないし、それを彼らが望んでいるかどうかもわからない。

でもまずは私から始めなければね。

 

遅刻欠席早退について、何も言わないことで、彼らを甘やかしているつもりはない。

次の声かけの時間を依頼してもらうように尋ねることで、わずかばかりでも、彼らの課題に取り組んでもらおうと、つまり彼らのすべきことの責任を取ってもらおうと意図している。

「何かを学んでもらうために、嫌な思いをさせなくていいのです。」と野田先生が仰っていた。

 

遅刻早退したら車で送迎してもらえるなんて甘やかしだと思われると思うけど、

彼らについては自分で歩いて登下校するという言葉がない限り、朝から最後まで授業を受けても送迎しているので、差異はないのである。

学校への送迎自体が甘やかしだと言われれば私は反論できない。

しかしそんな程度の甘やかしはうちの職場では全く問題にならないほどに、もっともっとすごい甘やかしがあると思うので、取り立てて話題にするようなことではない。

私は面接の時に学校送迎の話を聞いて、なんていう甘やかし育児だと呆れたんだけど、そんなレベルではなかった。

だいたい朝は、自分で起きなさい!と思います。

 

でも、そんなことはわかっている。

どうすれば朝起きられるかもわかっている。

あえてそれをしていないのだ。

学校に行かないという選択もあると思う。

でも彼らは、学校に行かずに充実した生活を送る、ということもできないでいる。

学校に行けるようにどうしようという話題で、職員たちと繋がっている。

学校に行かないでいる限り、注目関心を浴び続けることができる。

職員がゲームとか、スポーツとか、一緒に遊ぶ時もある。

でもそういう楽しみも、大抵は学校に行けたらというご褒美として支援計画に設定されている。

結局、学校に行くべきというコンテクストから逃れられない。

 

私が密かな抵抗として、学校に行くべきというお説教をしないのは、

違うコンテクストで子どもたちと繋がる試みなのかもしれないと思った。

彼らの素晴らしいところを、良いところを伝えていきたいと思っているけれど、それもまた今の私には難しいことだったりする。

さりげなく、彼らの抵抗に遭わずに、上手に届けられる機会をうかがっている。

 

彼らが勇気を持って生きていけるように。

それはとても難しいことなのだと思う。

まずは彼らのその難しさを、私がわかっていたい。

原因が何であっても、彼らは今、勇気がくじかれている。

どうやって生きていけばいいのかわからないでいる。

そのことをよくないと判断するのではなくて、どこまでも一緒に見届けてみたいと思う。

 

 

先日のAちゃんと公園からの帰り道、

「Aちゃんの言う男らしさとか女らしさとか、頑固とかってどういうことを意味しているのかな。人によって使う言葉の意味って少しずつ違うと思うんだけど、私はそういうひとりひとりの使う言葉の意味を、お話ししながら知っていくのが楽しいんだ。」

と私が言うと

「さすが、落語好きな人だけあって、言葉が好きなんだ〜!確かに言葉って面白いかも。」

とAちゃんが応えてくれた。

 

朝起きれない、学校に行けない、生活リズムが崩れている、

そんなひとつひとつの行動にその子の全てを紐付けたりしないで、

その子の物語を一緒に読んでみたい。

その過程で、その子と私との物語を作っていきたい。

そうしているうちに、私にお手伝いできることが、何か見つかるかもしれない。

私にお手伝いできるようなことが見つからなければ見つからないで、その子が自立して生きていくことを喜びたい。

 

生きていくことは辛いことばかりと思えるかもしれない。

でも、物語の捉え方ひとつで、どんな状況も意味づけは変わる。

「幸福な人と一緒にいて、なお不幸でいることは難しいのです。」と野田先生は仰った。

私は幸福な人だ。

だからきっと、私と一緒にいたら、不幸でいることは難しい。

不幸でいたい人は、私のことを嫌うだろう。

それはそれで、いいんだと思った。

幸せでいたい人は、私と一緒にいましょう。

「私は、ここにいます。」

 

無意味な無意味な

アドラー心理学の特徴は、個人を社会の中に組み込まれた存在として扱うところだ。

(これはアドラー心理学の5つの基本前提のうちの一つで、社会統合論という。)

アドラー心理学を知らない方も、このことを当たり前のように思われるかもしれないが、

一般に心理学は、個人を個人のままで取り扱う。

一般に心理学は、個人を取り巻く環境を考えるけれど、

個人が常に環境から働きかけられ、環境に働きかけている、個人は止まっていなくて動いているものだ、とは考えない。

動かない個人というものを想定するから、個人についての情報を集めれば集めるだけ、個人について正確なことが理解できると思い込む。

 

ここから先は私の意見だが、

アドラー心理学では、個人と相手役との関係を見ることで、その個人のパターンを理解できると思い込んでいるのだと思う。

影響の与え方にも、影響の受け取り方にも、個人に特有のパターンがある。

そのパターンは各個人が複数持っているかもしれないけれど、

それぞれのパターンは、個人が個人と相手役との関係によって選び、使い、作っていくのだと思う。

ここまでは個人と環境(対人)について。

 

個人の内部についても、アドラー心理学は動的に考える。

常に、人は目的に向かって行動すると考える。

(これはアドラー心理学の基本前提のうちの一つで、目的論という。)

 

 

ここからは、ベイトソンを学んでいる最中の私の意見。

止まっている人間なんていないのだと思う。

私たちの細胞が毎日毎日入れ替わるように、その入れ替わりは私たちを生かすために秩序立っているように、

私たちの精神も、毎日毎日秩序立って動き続けているのだろう。

私たちは時間と空間の中に生きているから。

時間というものを、私たちはすぐに計算の外にやってしまう。

動くものは計算しにくいからだ。

物理学だって、投げられたボールを一旦止めてから計算する。

でも、理論的には時間を止めて微分で計算できても、実際の投げられたボールは、地面に触れるまで放物線を描き続けている。

 

どのように秩序立ったパターンをなぞっていくかというと、

電気回路のようなものを私はイメージしている。

マイナーチェンジを繰り返しながら、相手役との間により安定的な循環を作っていくのだと思う。

負のフィードバックがない限り、悪循環はより悪く、好循環はより好ましく、循環していく。

 

 

今日のミーティングで、私の職場の方たちも、先日の私の中学生のAちゃんに勇気づけができたことを、良い関わりができていてよかったと認めてくださった。

それ自体は嬉しいことではあるのだけど、これからも私や他のAちゃんと仲の良い職員が、1対1で関わりを持っていってください、と言われ、

少し危ないように思っている。

結構複雑な家庭の問題がある子どもさんなので、Aちゃんに働きかけたことは、そのまま妹のBちゃんにも影響を与え、

それが家庭内でまた彼女たちの神経症的な復讐のパターンの回路をぐるぐると回してしまいそうなのである。

ちなみにBちゃんは、私が先月注意喚起を失敗してから、私に対して大変攻撃的な態度を取り続けている子である。

私がAちゃんと仲良くなればなるほど、Bちゃんは私に対してより敵対的になるだろう。

そしていつも対立しているこの姉妹の悪循環に、私は都合の良い喧嘩の種として組み込まれ、使われていくだろう。

 

私には何もできることがないなあと思う。

もしも心理職として彼女たちと関われるのであれば、じっくりと話を聴いてカウンセリングをしてみたいと思う。

賢い子たちなので、もしも私のカウンセリングを望み、協力してくれるのであれば、一緒に冒険ができると思う。

でも私はその手が封じられているので、ただ彼女たちが気が向いた時に彼女たちの話を聴くことしかできない。

 

他の職場の方たちは、2時間でも3時間でも、困ったことや元気のないことを受容と共感で聴き続け、こうしたらいいああしたらいいとお説教を言い、それができないと言われると、じゃあどうやったらできるかな、と支援計画を立てていく。

私とは全く違うものの見方で動いている。

私は心頭滅却して、支援計画を遂行するお手伝いをする。

一生懸命に、職場の皆さんの良い意図を見ようとする。

しかし不適切な側面に注目しまくるから、どんどん不適切な行動がエスカレートしていっている場合が多い。

 

そんな中で、私が少し頑張ったぐらいで、子どもたちのパターンが変わったりなんかするわけがない。

でも、何か少しでも、良い関係を保てたという体験とか、学びとか、得てくれたらいいなと思う。

多くの面で勇気をくじかれている子どもたちだ。

少しでも、勇気づけることができればと思う。

ああでも、ほど遠いなあ。

 

私は良い影響を与える、役に立つということを優越性の目標として持っている。

影響を与えられない、役立たずであるという耐え難い劣等の位置を味わう日々だ。

本当に、良い修行だ。

私は手を縛られた状態で、口も閉ざさなければならない。

なぜなら、私が良いと信じていることを話してしまえば、この施設の構造は根底からひっくり返ってしまうから。

利用者と職員の関係は、おそらく、囚人と看守という関係が一番近いから。

 

この状態で、私はどれだけのことができるんだろう。

話を聴いて、よごとだけを伝える。

一緒に遊んで、勉強を見て、挨拶をする。

決して裁かずに、側にいる。

役立たずでもいい。無意味でもいい。

私は望まれてここにいるわけでもないし、私は望んでここに来たわけでもない。

誰でも良かった。誰かが引き受けるべき仕事があっただけ。

私は、ここの人たちを変えようと願ってはいけない。

ただここの人たちが幸せに生きていけるようにと、祈るだけはできる。

必要な施設であることも十分理解した。

でも、このような施設が不要となる社会になればいいと願っている。

 

青空に響け

今日は快晴。職場でプール開きだった。

暑い最中、博物館の恐竜展に同行もしたし、濡れた子どもたちの世話もしたし、

もう夏休みが来たようだった。

 

ここのところ元気のない中学生のAちゃんが、今日は転校前の学校の仲良しの友だちと遊んでくる、と嬉しそうに出かけた。

帰宅した様子は見ていなかったけれど、

19時頃に、運動したいから近くの公園に行ってもいい?と言ってきた。

Aちゃんの積極的な姿を見るのはとても珍しいので、嬉しかった。

でもこの時間からひとりで行くのはどうかと思ったので、私も同行してもいい?と尋ねた。

それならバドミントンをしたいと言うので、バドミントンのラケットを持って、

2人で薄紫の夕暮れの中を歩いた。

 

Aちゃんは吹奏楽部に所属している。

私も吹奏楽部だったんだよと言うと、色々な話をしてくれた。

転校して楽器が変わってしまったこと。

スランプを乗り越えて、やっと好きになって、やっと上手になってきたところだったから、

今の楽器も好きだし頑張っているけど、本当は前の楽器を吹きたいこと。

今の学校はコンクールに向けて熱量が高くて、ちょっと馴染みにくいこと。

でも音楽は好きで、今練習している曲は吹いていてすごく楽しいこと。

 

挨拶以外ほとんど話したことがなかったから、Aちゃんがたくさんおしゃべりしてくれて嬉しかった。

高校に入っても大学に入っても吹奏楽部はあるし、大人になってからでも、市民吹奏楽団などは全国のどこにでもあるから、楽器は続けられるよと言った。

身につけた前の楽器のスキルは消えないから、少し練習をすれば思い出して吹けるようになるから、きっと前の楽器も吹くことができるよ、と言った。

そうなんだ!と、とても嬉しそうにしていた。

楽器吹きの先輩としてお役に立てたようでよかった。

久しぶりに吹奏楽の話ができて、私もとても楽しかった。

 

バドミントンをしながらも、音楽以外のことも色々なことを話した。

もう帰らなきゃと言うと、え、もうそんな時間なの?とびっくりしていた。

楽しい時間はすぐに過ぎちゃうね、と言うと、にこにこしていた。

またお話聞かせてね。ちょっとは元気になった?と聞くと、うん、楽しかった。元気出ました。と、笑顔を輝かせてくれた。

 

他の職員の先輩たちがAちゃんと話したことを日報にあげてくれていて、

とても落ち込んでいる話だったり、暗いことばかり考えてしまうことだったり、

なんか本当に大変そうだなと思っていた。

マイナスの話を延々と聴いて、そのことについて原因を探し、対処していくというのが支援というものらしい。

でも、そういう支援のあり方が、より神経症的策動を生み出しているようにも思う。

これはAちゃんに限ったことではなくて、多くの利用者さんたちに共通している。

パセージの心理面の目標で言うと、支援によって「人々は仲間だ」が達成できることは多いけれど、「私には能力がある」はほとんどの場合達成できていない。

 

実際に生活リズムが崩れていることや暗い表情でうつむいていることが多い様子からも、

私はAちゃんの健康なところに目を向けられないでいた。

でも今日私は、Aちゃんの粘り強くて一生懸命なところや、自分の好きなものがちゃんとわかっているところや、楽しくおしゃべりできるところや、自分をメタで見れる賢いところなど、

たくさんの素敵なところ、健康なところを感じることができた。

学校のことや家庭のことなどで、Aちゃんがマイナスの意味づけをして話をするときは、

私は黙って話を聴いていた。

私の意見は言わなかった。

私は彼女の健康なところと、つき合っていきたいなと思った。

音楽という世界の拡がりを彼女は持っているから、きっと大丈夫。

音楽を通して出会う人々との繋がりがあるから、きっと病気を使わなくたって、彼女は所属して生きていくことができる。

 

20時に帰ってきて、おやすみなさいと挨拶した。

すると20時半に、勉強したいから部屋を貸してほしいと、またAちゃんが来た。

そのままひとりで21時半まで勉強をしていた。

きっと、Aちゃん、前向きな気持ちになれたんだと思う。

自分は生きていても意味がないなんて数日前に言っていた子だとは、とても思えない。

一緒に、穴の底から空を見上げることができたのかもしれない。

自分で自分の人生を生きて行こうって思えたなら、もう大丈夫だ。

だってAちゃんはとっても粘り強い頑張り屋さんだもの!

 

私は満足な支援ができそうにないけれど、勇気づけることはできると思う。

私は子どもに対しても、何かをしなさいなんて言いたくない。

子どもがしたいことをできるように、援助したい。

自分のしたいことをわかっていることは、本当に大事なことだと思う。

 

 

帰宅して、Aちゃんが今練習しているという曲を聴いてみた。

私も知っている作曲家の曲で、懐かしくなって幾つも吹奏楽曲を聴いてしまった。

吹奏楽の音楽は、基本がマーチだったりして、とても明るい。

オーケストラの音楽と比べると、ちょっとアホに聴こえるぐらい、哀愁がない。

私は吹奏楽的なトランペッターとして、他人からアホに思われるぐらい、明るい音色を響かせようと思った。

Aちゃんとも一緒にアンサンブルしよう。

 

 

コンクールの曲を練習していた日々の夏の青空を思い出した。

 

 

 

 

同じ冒険

今日は午前中コーラスの練習に行って、友だちとランチをして、

それから出勤して、22時までの勤務をこなした。

体力がついたなあと思う。

それから、仕事にも慣れてきたのだと思う。

運転業務も務められるようになった。

 

1年前の私は、こんな日々が来ることなんて

いや、半年前の私も、こんな自分になっているなんて

想像することもできなかった。

 

今日はコーラスの後、幼稚園に譜面台などを片付けに入った。

次男が年長のときの担任の先生にお会いできた。

先日友だちと話した時、冒険が大好きな友だちの子どもさんが好んで借りる絵本について、

その『チムと勇敢な船長さん』のシリーズ、しゅんちゃんが大好きでしたよ、とその先生に教えてもらったと聞いた。

子どもたちが話したこととか遊んだことなどは覚えておられるかもしれないけれど、借りた本まで覚えてくださっているのだと、本当にありがたく思った。

ひとりひとりの子どもたちを、愛情深くあたたかく育ててくださる先生だ。

私の子どもたちはこの幼稚園で、本当に幸せに過ごさせていただいたと思う。

外の世界を知った今、その有り難さが痛いほどわかる。

 

 

私は子どもたちと、絵本や本を共に楽しんできた。

小学生になった今も、本を読み聞かせて楽しんでいるし、今まで一緒に読んだ本についても話すことが多い。

私たちは共通の話題がたくさんある。

同じ物語を共有している。

友だちや先生とも、同じ物語について語ることができることも幸せなことだ。

世界がどんどん広がって、重なっていく。

 

 

 

『チムと勇敢な船長さん』シリーズはもう絶版になった絵本。古めかしいイギリスのお話。

10歳になるぐらいの男の子チムが、船に潜り込んで、船員見習いとして航海する。

『宝島』と違うのは、海賊船じゃないこと。もう少しリアリティがある。

よく船は嵐に遭って難破するし、海賊に襲われたり、乗組員にひどく虐められたり、大変な目に遭いまくる。

あまり明るい話とは言えないかもしれない。心を病んだ人もよく登場する。

しかし冒険の好きな長男も次男も、大好きな物語だ。

彼らは打たれ強い。

 

人生って冒険だ。

頼りになる船長さんが、嵐の最中、頭を打って気を失ってしまったりするのだ。

そして頼りない自分ひとりで、助けが来るまで、なんとかして船長と共に生き延びなければならない。

私たちは物語があるから強くなれる。

 

 

 

階層構造を駆使して、仕事をしているような気がする。

施設の子どもたちの目で見ようとすると、空が見えなくなりそうになる。

アドラー心理学の思想と理論から見れば、不適切な行動の構造が見える。子どもたちの目的が何なのか、見えてくる。

その構造に対してどうやって施設職員としてふさわしい支援を行うか、というところが大変難しい。

福祉というのは相手を勇気づけることが目的ではないからだ。

それで良い場合もあるけれど、別のことが求められていることが多そうだ。

そして私には、何が求められているのかよくわからない。

求められていることがわかった場合も、穴の淵から覗き込む福祉の従事者には、なるべくなりたくはない。

 

でも今日は、ある子に対して新しくトークンエコノミーを始めようということになり、

私の大切にしている価値を捨てた。

小学高学年に、シールを集めてご褒美を与えることで毎日学校に登校できるように支援するなんて、

間違っていると思うし効力もないと思うのだけど。

でも、その話を他のお姉さん職員と一緒にその子にしてみると、とても嬉しそうに、頑張って学校に行くよと言った。

彼女が決めたご褒美は、私や他のお姉さん職員と一緒に彼女の行きたいところへお出かけする、というものだ。

私は賞を与える育児を良いとは思えないけれど、でも、

彼女が頑張ろうという気持ちになれたことは本当に素敵だと思う。

そして、私たちが彼女と一緒に楽しいことをして過ごすということが、彼女にとっての「ご褒美」になり得るのならば、

それはとても嬉しいなと思えてしまう。

私があなたの居場所になれているのなら、とても嬉しい。

 

 

手法は気にくわないことばかりだし、

子ども自身の力を信じていないような世界観も好きになれないけれど、

でも、職場のみなさんは子どもたちのことを思っておられる。

自分たちにできることを最大限してみようと思っておられる。

「ねえMさん呼んでくれる?」って、小学低学年のKくんが他の職員にお願いをしてくれた。

「どうしたの?」と職員室の窓を開けて私が聞くと、

「Mさん、いつだったら遊んでくれる?」とKくん。

「今から遊ぼうか?」と私が聞くと、「うん、遊んで!」と言った。

職員室にいた全員が、「Kくん、なんて可愛いだ〜♪」と声を揃えて言った。

 

子どもたちが幸せに過ごせるようにと、自立して生きていけるようにと、願っておられる。

それは、私と同じなのだろうと感じる。

色々なところが違うけれど、でも、その願いは同じだと思う。

私は染まらないままで、時々疎まれながらかもしれないけれど、時々私の価値を捨てたりしなければならないかもしれないけれど、

ここで私を使ってもらおうと思う。

 

先日夕方に私が帰る時、「Mさん、気をつけて帰りんさいよ〜」って子どもたちが手を振ってくれた。

私たちは今、同じ物語を冒険しているよね。

些細で小さくて僅かでも、良いところを素敵なところを探しながら、それを伝えていこう。

私が嬉しかったことをありがたかったことを、伝えていこう。

人と協力し合って生きていくことを、学んでいけるように。

それが多分、冒険する上で一番大切なことだと思うから。

無いものを数え上げなくても、ちゃんと学んでいけると思うから。

 

落とし穴

今日は部屋の模様替えをした。

子どもたちが来ると日中はもうエアコンなしでは限界になってきたので、エアコンの掃除もした。

数ヶ月前から気になっていたソファーの凹みが、もう処分していいだろうと思えるようになり、

新しいソファーに買い換えることに決めた。

気に入った物を見つけたので、来週やって来る♪

今のソファーより一回り大きくなるので、搬入に備えて、家具の大移動と掃除を子どもたちと一緒に行なったのである。

気持ちよく働いてくれて助かった。

3人で疲れたーと言いながら、今までお世話になったソファーに並んで座ってアイスを食べた。

もう夏だ。

 

元気な子どもたちが使うソファーは、しっかりしたものでないとすぐにダメになる。

物持ちが良いのはとても良いことだと思っているので、なるべく長く使い続けたいのだけど、

私は家具を見るのが好きだ。

我が家の最寄りのスーパーよりも近くに家具屋がある。

通勤経路を開拓していると、また別の家具屋も発見した。

ひとりでふらっと立ち寄るのが好きだ。

 

この家を整え始めてからもう1年になる。

私は、自分の部屋を好きなように整えることができる。

そして今は、自分で稼いだお金を好きに使うことができる。

私のひとりの時間と空間は、私が良いと思うように差配してよいのだ。

精神的にも経済的にも物理的にも、ああ私はやっと自立したのかもしれない。

今までは誰かにお任せをしていた。

あるいは誰かの意向を気にしていた。

もしくは、自分ひとりでいるところは仮のもの、大切にしようという気が起こらなかった。

今は私を世の中で役立ててもらえるように、私は私をよい状態に保っておくことが大切なのだと思えるようになった。

 

働き者の子どもたちは、生活は自分たちで作っていくものだと学んでいる。

それは、農家の息子として働き者に育った彼らの父親のおかげだと思う。

私は甘やかされた子どもで、怠惰な人間に育った。

私にはない彼らのたくましさは、生活力があるところにも関係するのだろうなと思う。

 

 

 

職場で出会う子どもたちのことを知っていくと、生活力のない子が多いように感じている。

基本的な生活習慣という観点というよりも、それ以前の、

食べること、寝ること、身体を動かすこと、頭を動かすこと、それから直接に人と接すること、

そういう当たり前の人間的な行動ひとつひとつへの関心や気力が、薄いように感じる。

食べれない、眠れない、動きたくない、勉強したくない、誰とも会いたくない…

オンラインの、ゲームやネットの世界での人とのつながりは、ある。

しかしそれが果たしてこの子たちにとって悪いことなのかどうかといえば、もう私にはわからなくなる。

オンラインゲームがこの子たちをこの世に繋ぎ止めている綱なんだと思うことがある。

 

 

底が抜けていくような気持ちになることがある。

ここが底だと思っていたら、とんでもなくて、もっともっと下へ落ちて行く。

そして職場の人々も関係機関の人々も、みんな口を揃えて、原因は何だ?と探す。

自分たちは淵から暗い穴をのぞいて、餌をつけた糸を投げ入れている。

これを食べればいいのにって、何なら食べてくれるのかなって、そんな相談をしている。

それが良いことなのかどうかといえば、それも私にはわからない。

 

 

この職場は、移動を願い出る人がすごく多いのだと上司から聞いた。

利用者との関係に疲れて、辛くなってやめる人が多いのだと。

私も今洗礼を浴びているところだ。

私が業務上必要な注意喚起を行った時、私が縦の関係を作ってしまったことがきっかけだ。

あの時の私の構えは、決して平等で対等な横の関係ではなかった。

失敗、である。

けれど、その話をしたら、それは誰もが通る道ですと上司は言ってくださった。

ここからもう一度関係を作り直すことができたら、それがとても強みになります、と。

それは支援にとっての強みという文脈で仰ったようだったが、

きっとその子にとっても、生きていく上で強みになるだろう。

 

 

落ち込むことはあるのですか?と上司に尋ねられて、笑ってしまった。

私はすごく落ち込みやすいんです。と言うと、とても驚いておられた。

だから這い上がるための訓練をしました。と言うと、もっと驚いておられた。

しんどい思いや、嫌な目に遭ったり悲しい思いをしたり、落ち込むことを私はたくさん体験してきたから、

人と比べて量や質がどうかはわからないけれど、

怠惰でプライドが高く打たれ弱い私にとっては、嫌になる程体験してきたから、

それは良いことだったんだと思う。

私以上にプライドが高く打たれ弱く、大変な状況で閉じ込められている利用者さんたちと、私はどのように接していくべきか。

 

誰かを救うことなどできない私は、せめて、深い穴の底から一緒に空を見上げてみたいと思う。

 

輝かしい日常

今日は午後から勤務だったが、初めての任務ばかりだったし、かなり忙しかった。

他のスタッフもみんな今日はバタバタだった。予定がびっしりだったのに人手が少なかった。

それが本当に利用者の自立に向かうのかどうか疑問を抱くような職務も多い中、

今日のように必要とされる任務をこなすのは、迷いなく遂行できて気が楽だ。

しかも、とても楽しくて幸せな時間だった。

 

 

1歳なりたての小さな子のお相手がまず最初の任務。

体調不良とのことで、施設で病児保育のような預かりを行っていた。

早番の保育士さんから引き継ぎ、お気に入りのおもちゃで熱心に遊ぶのを隣に座って一緒に楽しんだ。

30分近く熱心に遊んでいると、だんだんとまぶたが重くなってきて、だんだんと私の側に近づいてきた。

何となく私にもたれかかってくる。

「抱っこ、しようか?」と聞くと、両手を広げた。

「よーし、抱っこ〜♪」

すぐに私の着ているパーカーのファスナーを研究し始めた。

「絵本読もうか?」と聞くと、お、いいですね、という感じで絵本を見つめた。

ゆっくり、言葉を繰り返して読む。

赤ちゃん用の絵本、食い入るように見つめている。色んなこと考えているんだろうね。

2冊目の最後の方は、もうええで、終わってくれ、もうええもうええ、という感じでページをぱたぱためくった。

絵本を置くと、とろんとした目をして私の胸の辺りをなぜている。

「眠たいですか?ねんねしますか?」と頭をなぜながら聞くと、こっくりとうなずいて、

私の胸に顔をぴたっとつけて、目をつぶり、寝息をたて始めた。

布団に寝かすと、目を開けたけれど、すぐにまた閉じた。

そのままぐっすりと眠っていた。

 

 

 

次の任務は、小学低学年のSちゃんの歯医者さん通院の送迎。

近くなので歩いて行く。

歩道にトマトが落ちているのを見つけて、急にしゃがみ込んで観察を始めた。

Sちゃんが靴の先でトマトを転がすと、無数のアリが集まっていた。

「あれー?トマトどこやトマトどこや〜」と私がアリにアテレコすると、きゃあきゃあ言って喜んだ。

「すっごいたくさんのアリ!トマト好きなんだね!」

甘いトマトなのかな、誰が落としたんだろう、とか言いながら、手をつないで歩く。

 「ねえねえ、お話聞いてくれる?」

「なあに?」

 「言ってもいい?」

「うん、どうぞ。」

 「あのね、とっても大事なお話なの。」

「はい!なんでしょう?」

 「あのね、あのね、…あ、忘れちゃった!」

「え〜(笑)思い出したら、また教えてね。」

 「うん。」

横断歩道は、「白いところだけしか踏んじゃダメだよ!」と大股でぴょんぴょん跳ねて行く。

はーい!と言って私も大股で歩く。

「次は、黄色いところだけ!」

はーい!と言って、Sちゃんの後ろについて点字ブロックの上を歩く。

Sちゃんはにこにこして、急に立ち止まったり、急に走ったりする。

私も黄色い道の上をついて行く。

信号の手前で、Sちゃんが点字ブロックから外れた。

「あ、Sちゃん黄色のところ歩いてなーい」と私が言うと、「そんな言い方したらいけんよ」とたしなめられた。

「じゃあ、どう言ったらいいの?」

 「あのね、黄色いところ歩いてもらえる?、だよ。」

「わかった。」

満足そうにSちゃんはうなずいた。

私が差している日傘を貸して、と言う。

どうぞ、と渡すと、ありがと、と満面の笑み。

しばらく普通に歩いていたが、

急に「きなんせきなんせどっこいせ〜♪」と小声で歌いながら、日傘を斜めにして上下させたり回したり始めた。

我が地域伝統のしゃんしゃん踊りという傘を使った踊りだ。

あまりに可愛くて、笑ってしまった。

きっと学校で練習しているんだろう。真剣な顔だ。

とっても余裕を持って出たから、予約時間よりも前に着いた。

大人が真っ直ぐに歩いて行ったら、多分20分の距離だけど、こんな風にたくさん遊びながら行ったから35分かかった。

診察室に一緒に入ると、うがいをした後、「あのね、出てくれる?」と言われた。

いつも診察室で一緒にいて欲しいって言われるからいてあげてください、と先輩スタッフから言われていたのだけど、

今日はSちゃん、大人になってみたいんだなと思った。

素晴らしいことだ。喜んで退出した。

帰り道、Sちゃんが柔らかい緑の葉っぱをちぎって、「これ、お守り。大事にとっておいてね。」と渡してくれた。

「ありがとう。じゃあ、お守り入れに入れとくね。」白ターラ様のカードを入れているポーチに、葉っぱを入れた。

「ちゃんと入れた?」「うん、入れたよ。」ポーチを覗き込んで、にっこりするSちゃん。

いいお散歩だったね、と手をつないで帰り着いたら、中庭で遊んでいる子どもたちが「Sちゃんだー」と声をかけてきた。

Sちゃんは振り向かず、遊びの輪に入っていった。

 

 

 

最後の任務は、SちゃんとSちゃんのお兄ちゃんのHくん(高学年)とお姉ちゃん(中学生)と一緒に、お母さんから預かっていた夜ご飯の準備をして食べさせること。

Sちゃんがご飯食べたい〜って言ったので、よし、とHくんと一緒に準備を始めた。

学習室の前を通ると、他の子たちが宿題をしていた。

Hくんは入っていって、友だちがわかんないって言っている国語の文章読み取りの問題にヒントを出している。

あ、そっか!と友だちが答えを出すと、Hくんも嬉しそうにしている。

学習室から出ると、真面目な顔をして私の方を向いた。

 「あのさあ、小学校とかのときにね、どんな勉強が得意だった?」

「え、私の得意だった勉強?」

 「そう。」

「私ね、国語が得意だったよ。」

 「国語かあ〜」

「Hくんも一緒じゃない?」

 「うん、国語得意かも。さっきの問題とかすぐわかったし。簡単だよ。」

にこにこしながら、扉を開けた。夕陽がHくんの頬を照り返す。

お鍋を火にかけるね、と言うと、

 「あのさあ、7時まで、学習室に行ってきてもいい?みんなの宿題みてあげる。」

「あ、みんなの先生しに行くの?」

 「そう!」

「いいよ。じゃあこれ、あっためとくね〜」

 「ありがとうございます!」

みんなのためにできること、見つけたんだね。なんて素敵なんだろう。

お鍋を温め終わって、私がSちゃんを呼んだりしている間に、Hくんがお皿に盛り付けていた。

お姉ちゃんはお疲れなのか、爆睡中。Hくんが一生懸命起こすも、起きず。

先に2人だけ食べようということになって、私もお弁当を一緒に食べた。

Sちゃんが今日の歯医者さんの行き帰りのお散歩のことをお兄ちゃんに話していた。

楽しかったんだよね〜、って言ってくれた。

お兄ちゃんは、アリってトマトの酸味は嫌じゃないのかな、とか、Sちゃんのお話を聞きながら、

ほら、残さずちゃんと食べなきゃ、とか、ああもう、こぼしたらティッシュでちゃんと拭いて!とか、Sちゃんのお世話を焼いていた。

私のお弁当包みの柄がトマトだ!って気づいてくれたり、玄米と白米について質問してくれたり、この前釣ってきたテナガエビはフライにして食べたんだとか、下水は流れた後どうなるかと考えたり、図工が好きなんだ、と話してくれたりした。

Sちゃんがまだ宿題やってないから、「ちゃんとやれよ」、とHくんが言った。

 「1年生の勉強なんか簡単すぎるのに、Sはまだやってないんだよー。あんなのすぐできるのに。」

「でも私、1年生の始め、『あ』がすごく難しかったな。」

 「確かに『あ』は難しい。」

「『ふ』とか、次どこ書いたらいいのか分かんなかったわ。」

 「うん、『ふ』も難しいなあ。」

神妙な顔をして私に同意するHくんを見ながら、Sちゃんはそうそう、とうなずいていた。

「ご馳走様でした。命に感謝!では、お皿ここに置いておきます。」とHくんは別の部屋に行った。

次はSちゃんがレストランごっこで、私に御馳走を振る舞ってくれた。

他のお姉ちゃんが来たので、女子3人で、Sちゃんのご馳走をいただきながら、好きな果物とかデザートの話をした。

そのうちSちゃんのお姉ちゃんのKちゃんも起きてきて、夜ご飯を温め直して食べてもらった。

最近困っていることについてKちゃんが話してくれた。

Kちゃんが「施設案内、読んであげる」、と言って、私のために読み上げてくれた。

時々わからない漢字を質問してくれたので、読み方を教えてあげた。

事務室には入ってはいけないので、隣の預かり室の入り口まで下がってくださいな、と言うと、

寂しいも〜ん、と言う。

こんなに近くにいて、どこが寂しいね〜ん、と笑うと、

だって寂しいも〜んと言って、私の背中にひっついてきた。

 

 

 

まったく、まったく、幸せな任務だった。

子育てをもう一度、させていただいている。

Kちゃんとは今まで挨拶するぐらいだったんだけど、今日、仲良くなれた。とても嬉しい。

どの子も本当に可愛くて、一生懸命生きていて、きらきらしている。

他の人のために、他の人が助かったり、喜んだりするようなことを、みんなそれぞれに探して、見つけて、そして相手に喜んでもらう、という体験をたくさんしているんだなって感じた。

小さなことでも、生活の中に、それこそ無数にそんな機会はあるんだ。

それらひとつひとつの小さな小さな貢献を、共に愛でていきたい。

一度きりの時間を、大切に過ごしていきたい。