缶コーヒー

今日は一日雑用で外に出ていた。

夜はオンライン抄読会だった。

 

今日は阪神淡路大震災から27年。

震災にまつわる早期回想はいくつかある。

そのほとんどが、良い早期回想だ。

私にとっては、危機的状況そのものが良くない早期回想になる、というわけではないようだ。

危機的状況の中で、私は家族に大切にされていることをより実感した。

家族が互いに助け合って、困難を乗り越えるという連続だったあの頃の数年間が、

私の子供時代の一番輝いていた時期だと感じる。

 

家が全壊して、親戚の家に身を寄せて暮らしていた数週間、生活が落ち着くまでは不安もあった。

でもそれは退屈さ、自分のすべきことがないということについての絶望感であって、

転校先が決まってからは、私のすべきことが明確になり、とても幸せだった。

私は学校生活をおくることに一生懸命になり、たくさんの友だちができた。

放課後は同じく被災してきた子どもたちと、弟と一緒に公園で遊んだ。

家では宿題をしたり、母の隣で食器を拭いたり、布団を敷くのを手伝ったり。

 

どう考えても大変な状況だったし、不安でいっぱいだったと思うのだけれど、

私の両親はとても明るかった。

父の会社が借り上げてくれた小さなアパートは、寒くて、和式のトイレで、お風呂場はとても小さくて床はコンクリート貼りで寒々としていた。

家具なんかほとんどなくて、私たちの身の回りの物はほとんどすべてが救援物資やたくさんの方のご厚意の頂き物で、

ありがたいね、でも、不便だね〜とかみんなで笑いながら、

それでもとても豊かだったと思う。

故郷に帰りたくてたまらなかったけれど、友だちに会いたくてたまらなかったけれど、

とても幸せだった。

 

私の人生での一番大きな転機があの時だ。

その後、色々な転機があったけれど、一番大きかったのはあの時だ。

そしてその早期回想のほとんどが良いものとして思い起こされる。

今の私もそこそこ大変な状況ではあるが、状況が大変であるということだけでは、私は特に困らないのだ。

早期回想にそのことがはっきりと書いてある。

大変な状況は、私ひとりでは何ともできないけれど、

必ず私の側には安心できる誰かがいて、

その人たちとの関係の中で、小さなことでも、私にも何かお役に立てることがある。

私がすべきことがある。

それは、私にしか関係しないことかもしれないけれど、私がそれに取り組むことは、私の重要な任務である。

そんなことを学んだ。

私が大変な目に遭えば遭うほど、私は大切なことを学び、成長できるので

私は大変な目に遭うべくして遭っているのだと思っている。

この私の成長が、クライアントさんを援助するためのお役に立てるのだから。

 

 

震災から4ヶ月ほどたって、故郷に帰ってから、

毎年1月17日の早朝に、父は街を見に出かけた。

私も何度も父に連れられて出かけた。

どんな話をしたかはよく覚えていない。

あの日はああだったなあ、とか、この辺の道路も全部亀裂が入ってたなあ、とか、

もうこのマンション建て直ったんやなあとか、ここには何があったっけとか、

みんな無事でほんまによかった、とか、

私はほとんど話さず、父がぽつりぽつりと話していたと思う。

この日が父にとって大きな転機であり、この日を大切にしていることがわかった。

寒くて父のコートのポケットに手を突っ込んだら、強く握ってくれたことを覚えている。

 

そろそろ帰ろか、って家に向かい始めると、

朝焼けが少しずつ街に色をつけていった。

父が自動販売機の前で立ち止まって、熱い缶コーヒーを買った。

小学生の間、私が缶コーヒーを口にするのは、この1月17日の早朝だけだった。

熱くて、甘かった。

 

 

今日は、震災のときのことよりも、

その後、故郷に帰ってからのあの缶コーヒーのことを鮮明に思い出していた。

私は黙っていても、大切な瞬間に、大切な父との間に、所属できていたことを思い出した。

 

気負うことはないのだろう。

私がすべきことを真面目に誠実に取り組んでいれば、世界はちゃんと回っていく。

どんな状況であっても、私は今までも、幸せに暮らしていたんだ。

なんて恵まれているんだろう。

感謝しかない。

 

わからなさ

今日は夜ご飯までは子どもたちとまったり過ごし、

夜は久しぶりに資格試験の勉強に取り組んだ。

相変わらずよくわからないが、何度も繰り返して勉強していたらそのうち覚えられるだろう。

 

次男は力強く大きな字で、漢字の練習をしていた。

長男は社会や算数のワークをしていた。

私は一緒にこたつに入って、オンライン勉強会のレジュメを作っていた。

子どもたちは偉いなあと思う。

はじめは全然わからなかったりできなかったりする勉強を、毎日毎日続けて、そしてちゃんと身につけてしまうのだから。

 

私も子どもたちと同じように、知らないことを一つ一つ学んでいったのだけど、

私はわからない状態というのがとても嫌なようだ。

仕方がない。

わからない状態から始まるという自然の真理も、わからない状態が嫌だという私的感覚も、仕方がない。

それは仕方がないことなのだから、緊張せずに落ち込まずに、取り組み続けるしかない。

ここでいう「わからない」というのは、「状況を知らない」という意味に近いかもしれない。

知識がない、見取り図が描けない、そういうわからなさである。

勉強した末に求められていることは、正確に理解して覚えるということだ。

 

一方で、オンライン勉強会の準備の勉強は、全然苦じゃなくてとても楽しい。

それは、内容は難しくても、アドラー心理学に関わる私の好きなことだからだ。

覚えることは求められていなくて、より深い理解を得ること、よりよく実践できるようになることが目的だ。

特にベイトソンの勉強は、わからないことだらけだが、わからなさを理解していく過程も非常に面白く思う。

ここでいう「わからなさ」は、ベイトソンの思考、思想、論理、デザイン、構造、等を指している。

どれだけ勉強しても、きっと私がベイトソンを本当にわかる日は来ないだろう。

それだけわからないことがあるということ、それに向き合い続けていけるということを、幸せに思う。

 

 

すべて野田先生に導かれたことだ。

まだときどき、野田先生のことを思って落ち込むことがある。

 

野田先生にいただいた料理の本がある。

フランス料理、インド料理、中華料理など。美しい写真もたくさん。

私は適当な料理しか作らないので全然開いていなかったのだが、

これらの本が、最近次男の愛読書になっている。

読んでと言われるので、昨日と今日はフランス料理の本を読んだ。

見ず知らずの香草類とかスパイスとか、ちょっとずつ馴染みになってきた。

野田先生に作ってもらったお料理とかお菓子とか、

次男もよく覚えていて「あれはおいしかったなあ〜」とにこにこ思い出している。

 

子どもたちが帰ってひとりになった部屋で、

やっぱり私はまだこれらの料理の本を開く気にはなれないでいる。

すべて仕方がないことだとわかっているのに、何を目的にしているのだろうか。

私には寂しさが意図することがわからない。でも確かにここにある。

 

 

オフモード

今日は絶対的休日。

 

ご飯を作って子どもたちと食べて、一緒に本を眺めてうたた寝して、ご飯を作って食べて、みんなで掃除しておしゃべりして買い物行って、ご飯作って食べて、落語見て、お風呂入って、寝かした。

母親業は、まったくもって暇がない。

もう私の子どもたちはほとんどお世話らしいお世話のいらない年齢だけど、それでもやっぱり子どもと暮らすと、何かと用事が生まれる。

ひとり暮らしのくせに、こんな仕事をさせてもらえていることを本当に幸せに思う。

 

今日は完全にオフモードだった。

頑張ろうとしなくても、ご飯作ったり買い物行ったりできるようになった自分に驚いている。

どうやら私は、オフの状態でも、様々な行動ができるようだ。

 

今までの私は、緊張度が高かったようだ。

この時間までにご飯を作って、食べさせて、オンライン勉強会に間に合うようにあれをしてしまって…と、

自分のTO DO リストを次々目で追いながら生活していたような気がする。

それに、外に出て、初めての人と出会ったり、初めての環境で過ごしたりすることもとっても苦手で、とても緊張をしていた。

この数ヶ月、お知り合いも見ず知らずの人にもかまわず、自分を売り込みに出かけて行っていた自分が、ほとんど疲れもせずにいたことを思うと

やはり大きくライフスタイルが変わったんだろうと思う。

 

人に委ねることを学んだことが大きいのだと思う。

全部自分でなんとかしなければならないと、私はものすごく気負って生きていたんだと思う。

だから転機は、パセージリーダーをするようになったことだろう。

メンバーさんを信じて、お任せすること。

それがリーダーの役割だが、私がリーダー養成で一番不得手だと自覚したことだった。

 

うまくいかないことにぶつかる度、

思いがけないタスクが降りかかってくる度、

自分がとても小さくて、まったく自分の理想とする私とは違って、

どうしようもなくしょうもない人間であることを自覚できるようになった。

私にとって大変なことがたくさん起こって、よかったと思う。

どん底だったとか言っていたけど、私の感じたようなどん底なんて、たかが知れてるなと思うようになった。

 

やはり私は、本当のどん底を知らないのだと思う。

それは私の強みでもあるけれど、自覚が必要だ。

「ただ側にいることしかできないのです」と心理職の存在意義を定義していた一般の臨床心理学の講義を思い出した。

もっと積極的に、その人が自分で自分の問題を解決し、自分を救い、自分の人生をより良く歩いていけるように、一時期を共に歩いていくのがアドレリアンセラピストだと私は思っているから、

なんて消極的で卑屈なんだろうって思っていたのだけど

今は、それも一面の真実なのだろうと思っている。

 

自分で自分の問題を解決し、自分で自分を救い、自分の人生をより良く歩いていきたいと思っている人の援助は、できる。

でも、そのように思えない人に対しては、ただ側にいて、私はあなたの味方ですと、ここにあなたは所属していますと、そう信じてもらえたら、それ以上のことはできないのかもしれないと思うようになった。

でもそれは、意味のないことではなくて、人間としてとても大切な体験だと思う。

臨床的枠組みの成立しないところでカウンセリングはできないから、

私はもしかすると新しい職場では、私の目指すような心理職としての務めは果たせないかもしれない。

アドレリアンセラピーは、どうも特捜隊の職場で求められていることではなさそうに感じている。

ただただ傾聴です、時間問わず、24時間いつでも傾聴ですって。

うん…それは効果が出にくいと思う。

はい!って笑顔で返事したけれどね。

 

私はいつも、理想が高すぎる。

私はその高みを目指していたい。

だけど、そこまで登れなくても、登ろうと思わなくても、それが価値が低いというわけではないのかもしれない。

何かを手放すことも、余力を残すことも、誰かに仕事を譲ることも、どれも、同じように価値のあることだと思う。

 

価値観が違っていることがわかった上で、相手を裁かず、相手のピッチに合わせていこうと思う。

私の価値観を捨てるということではない。

でもいくらかは、曲げなければならないだろう。

これは、離婚の話を始めた時から、今まで、元夫との付き合いでかなり修行させてもらっていることだ。

部分的であっても、目標さえ一致すれば、部分的な協力が可能だと学んだ。

 

そうか、私は全て捨てたと思っていたけど、思想的な潔癖性だけは捨てられていなかった。

でもこれは、悩むようなことではない。

限られた中で、私をどのように使っていただくかという、世界の側から考えてみれば突破口が開けるのだから。

私が私をどう使うか、という個人の側からの考え方ではどこかで行き詰まる。

だから私は、いつも半分はオフモードの状態で、静かに世界に耳をすませていようと思う。

 

浮き世

今日は今後の仕事についての打ち合わせや、各所での雑用に明け暮れていた。

最近、ほとんど資格のための勉強ができていない。

(あ、昨日は一日遊んでいたんだった…)

今晩は子どもたちが来てくれた。急に家の中が明るくなる。

 

科学特捜隊の仕事が中心になっていくように流れている。

資格試験は仕事を得るために始めたものだったが、特捜隊としてもその資格があると助かるそうだ。

なので、まずは仕事に慣れたり、あちらで必要なことを中心に据えながら、

資格はもう少し長い目で取得するように計画を立て直すことにしよう。

とはいえ、仕事が決まる前に受験料を払い込んでしまったので、できる限り頑張りたい。

 

停滞するときは私に関わることは何も動かず、ひとりだけ取り残されているように感じるのだが

一度何かが動き出すと、目が回りそうな速度ですべてが一つの方向に向かってどっと流れていく。

昨年もそんな大きな波が何度も押し寄せて、抗えずに身を任せてきた。

きっとそれでいいんだと思う。

二度目の人生だ。

今年に入ってから、既に苦手なタスクが散々押し寄せてきたが、もう怖いとは思わない。

なぜなら、誰かが私を必要としてそのようなタスクを寄越してくれているから。

特捜隊の任務とはそういうものだ。抗わずに身を委ねてみよう。

 

特捜隊の任務に関して様々なタスクが押し寄せるのと同時に、

純粋なアドラー心理学を学ぶ者としてのお役目のタスクも様々にやって来た。

本当にありがたいことだ。バランスが取れるようになっている。

瞑想と五体投地のおかげで、私は自分の身体をかなり細かく観察できるようになってきたので、

以前より格段に身体に無理のない範囲を守るよう気をつけることができるようになった。

あらゆる枠組み、守備範囲を設定することが、ますます重要になるだろう。

 

 

 

次男は年明けから、よく「マツケンサンバ〜♪」と歌い踊りながら登場する。

なんでそんな古いものを知っているんだろうと思ったら、紅白でやっていたそうですね。

その頃私は、私の母から菩薩さまを心に描く瞑想の方法を詳しく教えてもらって過ごしていたので、知らなかった。(かなり特殊だと自覚しております!)

 

マツケンサンバ一緒に見ようよ〜」と次男に言われたので、YouTubeで探して見た。

トランペッターとして暴れん坊将軍のテーマ曲が好きなだけの私は、

「この人は時代劇で有名な人なんだよ」って言いながらオープニング映像を見せたら、

「うん、大河ドラマか何かの時代劇で見たよ」と長男が言った。

なぜか長男は水戸黄門剣客商売にも詳しい。

暴れん坊将軍と必殺仕事人はまだ見たことないんだよな〜」とかつぶやいていた。

「あ!おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に見たんだね!」

「そうそう♪」

子どもたちは昔から元夫の実家で、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒にテレビを見るのが好きだった。

そうか、ちゃんと元夫の家族の中で心地よい所属ができているんだなと嬉しく思った。

彼らは浮世の中にちゃんと所属して、一般常識を身につけているんだなと嬉しく思った。

 

私は安心して、浮世離れした母のままでいてもいいんだなと思えた。

そして彼らは、浮世離れした母とも仲良くつき合ってくれる。

母の方が世間からちょっとズレてるんだって、理解してくれている様子だ。

「お母さんはこういうのは嫌いなんだよね、だけど学校ではね、」などと話をしてくれる。

「あの先生はこういう意見、別の先生はこういう意見で、」と話してくれる。

本当に社会適応に長けている子どもたちだと思う。

彼らはきっとどこに行っても大丈夫だろう。

文化的背景も好みの方向性も全く異なった元夫の家族と、私はうまくやれなかったんだけど、

子どもたちがこういう風に育ったのは、元夫と元夫の家族のおかげだと思う。

とてもありがたく思う。

 

 

白磁と深緑

f:id:meinelieblinge:20220114182612j:plain一昨日はオンラインのベイトソン勉強会、

昨日はオンライン事例検討会だった。

今日は絶対的休日。友だちに連れられて遠出をした。

 

作陶展に行って、大変美しい白磁のマグカップとミルクピッチャーを買った。

マグカップは、新しい職場で使おうと思って。

どんなことが起きても、私がこの世界の美しさを思い出すことができるように。

 

苔生した延々と続く石段を上って、ひっそりとした神社にお参りした。

強い風が吹いて、鬱蒼とした木々の間に光が差して、全ての色が輝いて、

ここに神さまがおられて、今私たちを祝福してくださっていると感じた。

 

水鳥を観察する施設に行って、望遠鏡で鳥たちを眺めた。

雪を頂いた大山が、少しかすみながらそびえていた。

風が水面に様々な模様を描いていた。

 

一月に一度ぐらい、私は彼女とこうやって遠出をする。

たくさんのことをおしゃべりして、私は羽を伸ばさせてもらう。

私が持つたくさんの顔を、くるくると気ままに見せられる。

世の中の美しいものと、美しいものを作ったり愛でたりする人たちに出会って、

世界は広くてあたたかいなと一緒に感じることができる。

本当にありがたい。

 

 

完全なオフモードで一緒にいられる相手は、とても貴重だ。

私の持つたくさんの顔は、ほとんどが一生懸命に何かをしようとするオンモードの顔だから。

よく考えると、私はひとりでいるときも、ほとんどオンモードで暮らしているように思う。

建設的な思考、生産的な行動を目指している。YouTubeを見るときだって、何かしらの学びを得ようと常に意図している。

強迫観念とは違う。それが楽しいのだ。

 

でも、オフの顔の私は、まったく別人のように、世界にただただ自分を委ねている。

自分が感受するすべてを味わおうと、surrenderしている。

無意識に耳を傾けようとしている。

 

そうか、私が文章を書くときに音楽を聴きたいのは、

私にとって文章を書くということが、オンモードの意識的な私とオフモードの無意識的な私の、統合という行為であるからなのかもしれない。

書くというこの時間は、やはり私にとっては大きな意味を持つのだろう。

私が調和して生きていくために必要なのだろう。

 

 

神社で引いたおみくじに書いてあった短歌。

「霜いくたびおけどかれざる松が枝のときわの色のうつくしきかな」

今日の白い雪と深い緑が、言葉と共にいつまでも私の心に刻まれる。

 

科学特捜隊

今日は大変大きく流れが変わった日だった。

私にはそういう日が時々やってくる。

あらゆる方向から、流れがやってくる。

次の開催のパセージを受講したいという、まだ存じ上げない方からメールを頂いたり、

色々な友だちや仲間から連絡をもらったり、

そして新しく所属する場所が決まったり。

 

昨年から就職活動をずっとしていたのだが、どうやら落ち着く場所が決まった。

心理職というのは多かれ少なかれそういうものだと思うけれど、

かなり特殊な職場なので、色々と大変なことが多いだろうと思う。

でも、今まで学んできたことを活かして、人々のお役に立てたらと思う。

 

 

ハローワークの担当の方には本当にお世話になった。

私の事情や要望、例えば週末は子どもたちが泊まりに来るのでできる限り土日の休みが欲しいとか、子育て支援の現場で働きたいとか、できれば心理職がいいとか、車は運転できないとか、

まあ様々なことをこと細かに希望したのだけど

それらをよく考慮して、仕事を探すことを手伝ってくださった。

私のストレンクスもたくさん見つけて、伝えてくださった。

ちょっと恥ずかしいのでここに書くのは控えておくけど。

…でも一つだけ書こう 笑

意外なことだったのだけど、他の人の意見を素直に取り入れられるところ、らしい。

 

あまりに私の希望する仕事が、私の持っている資格では採用してもらえないので、

それで、潰しのきく資格を取ってみたらどうですか?と担当の方に勧めてもらったのだ。

他のお世話になっている方にも相談したりして、資格取得のメリットを理解して、

自分がお役に立てそうな仕事を探しながら、この時間を勉強に費やすことに決めた。

そうしていたら、また担当の方から連絡があって、仕事先を紹介してもらった。

そのときに、資格の勉強始めていますと伝えると、驚いて、喜んでおられた。

そのようなことなどを見て、このストレンクスを見つけてくださったみたいだ。

 

どん底でしたからね。

私だけの力や知恵ではどうにもならないと心底感じていた。

だから、不本意ではあるのだけど、他の方のアドバイスに従おうと思えた。

餅は餅屋。そう思って行動することにした。

 

仕事が決まりそうだという報告に行くと、担当の方は心から喜んでくださった。

このわずかなやりとりだけなのだけど、私にとっては本当に必要な支援をしていただけたし、

事務的な手続きばかりかと思っていたら、心が通い合ったことにも、とても勇気づけられた。

すごいお仕事だなあと思った。

不思議なこのご縁にも感謝している。

 

 

自慢ではないが、私はある種のコモンセンスが欠落しているし、大学を卒業してすぐに専業主婦になったので、実は社会人経験もない。

私は世事に疎すぎる。

逆に、今まで色々と仕事をいただけたことの方が不思議になるぐらいだ。

全て、ご縁であったと思う。本当にありがたいことだ。

 

でも、私がそういうクレイジー側にいる人間であるからこそアドレリアンセラピーができるんだということも、一方で私は信じている。

常識も身につけて、生きていこう。

 

 

 

これから飛び込む特殊な職場に行って、

「我々は宇宙飛行士みたいなもんなんです。このチームで、宇宙船の中で共に働くんです。」

と説明をしていただいた。

このお仕事に誇りを持っておられることがわかって、

様々な面で私の価値観とは異なるところも多々ある場所ではあるけれど、素敵だなと思えた。

私もそのチームの一員として、一生懸命働きたいと思えた。

 

でも、仕事の中身を考えると、私は、宇宙飛行士というよりも科学特捜隊だな、と思った。

各種ウルトラマンに出てくる、あのチームだ。

それぞれの専門性を活かしながら、濃密な人間関係の中で、一般社会とは異なった特殊任務を請け負っている。

仕事現場はいつも緊急事態。

怪獣を倒すことが本当に善いことなのか、ウルトラマンを頼ることが本当に善いことなのか、人々のために最も善いことは何なのだろうかと、

それぞれの隊員は悩み続けながらも、目の前にある自分のできることに邁進する。

いつも理想と現実は大きく乖離している。

 

見習いの特捜隊員として、これから修行が始まる。楽しみだ。

私の専門は、アドレリアンセラピーである。

仕事内容は多岐に渡っていて、平時は怪獣の分析、武器の訓練、ウルトラマンの謎の解明、緊急時の現場では避難誘導や戦闘機の操縦、などなど、初めての任務ばかりだ。

特捜隊のチームワークについて、ウルトラマンフリークの子どもたちに教えてもらおう。

 

 

今日の花を摘め

最近、ブログを見に来てくださる方が増えていて嬉しい。

なるべく毎日書き続けてみようという励みになっています。ありがとうございます。

無理はしないけれどね。

 

自分でしようと決めたことをできたときは、とても清々しい気持ちになれる。

チベット仏教の瞑想と五体投地は、この1年間、ほとんど毎日続けられている。

他人のお家に泊まりに行っても、実は夜な夜なこっそりお唱えしているのだった。

 

どうしても私は、私のためにという自己執着を手放すことができない。

だから毎日瞑想をして、仏さまの心を思い出す時間を作って、

せめてその時間だけは、自分が世界とひとつであることを、自分が世界の中で生かされていることを感じようとしている。

自分を世界のために使っていただこうと、皆が幸せであるようにと、祈っている。

私にとっての瞑想は、お風呂に入るようなものだ。

いくら清潔に生きようとしても、生きている限り汚れてしまうのだ。

だから、私は自分を点検する。

お風呂上がりのその瞬間だけは清潔でいられるのと同じように、瞑想後のその瞬間だけは清らかでいられたらと思う。

 

アドラーが、罪を悔いている罪人ということを書いていた。

多分私が感じていることもそれに近いのだろうと思う。

私は清らかには生きられない。自己執着を手放すことができない。

それが心底わかったから、今ようやく、私はスタート地点に立てたのだと思う。

 

 

ひとり暮らしの食事は寂しいので、いつもYouTubeチャンネルを見ているのだが、

岩田温チャンネルと竹田恒泰チャンネルとに加え、

最近は山田五郎の大人の教養チャンネルを楽しんでいる。

毎回、主に西洋絵画について、画家の人生や時代背景や美術史を縦横無尽に語りながら、ひとつの絵について掘り下げていく構成だ。

画家にはぶっ飛んだ人が多くて、大変な人生を送った人が多いので、大変面白いし嬉しい。

こんな風にして、腕一本の技術だけで一生懸命生きた人がいるんだということに感動する。

私も口ひとつの技術だけで生きていきたいものだと思う。

 

 

今日はホルバインの描いた「2人の大使」という絵についての回を見た。

メメント・モリ(死を忘れるな)は知っていたが、カルぺ・ディエム(その日(の花)を摘め)という言葉は初めて知った。

 

人を援助するということには、自分のメシア願望という優越性の追求に他人を使うおそれがつきまとう。

私のように傲慢で権力意志の強い人間にとっては危険度が高い。

特に、必要とされる仕事として援助をするとき、自己執着と職分との境目が曖昧になりやすいように思う。

仮想論を知らず、悪い世界観に浸り切った一般社会の中で、私はどうやって援助していけるのかなあと思っていたのだが

そうか、カルぺ・ディエムなんだと気づいた。

その人が、今を美しく咲いていくために、私はその人の美しさを見つけ出せばいいのだろう。

それなら、いつも私がやってきたことだ。自助グループでも、パセージでも、カウンセリングでも。

その人がどのような境遇に陥っていたとしても、必ずその人にはその人に特有の美しいところがあって、それを活かして生きておられるのだ。

そのことを忘れないでいれば、私は目の前の人を憐むことなく、限られた私の力を使っていただくことができるんじゃないだろうか。

 

 

風が強くなってきた。今晩から雪が降るらしい。

雪の中で咲く花は希望だ。