言葉が邪魔になる。音楽だけでいい。
今日のBGMはtoconoma。
心地良く繰り返す音に浸っていたい。
体力的にはそんなに疲れていないはずなんだけど。
どちらかというと、精神的な疲れだ。
梅雨時期はみんな調子が悪い。
学校の先生が嫌いで、先生に対して怒っている利用者さんが数名。
先生と喧嘩する、子どもの喧嘩に親が出る、先生との連絡を職員任せにする…
どうしてこうなってしまうのかなという事態ばかり発生する。
その親の行動は、子どもがより学校に行きにくくなるよねと思う。
そして我々職員は、いつも親と子どもの望むことを叶えようと動くから、
学校に対しては本当に申し訳ないなと思いながら、
毎日のように親の代わりに遅刻欠席の連絡をしたり、親の代わりに様子を伝えたり、親の代わりに送迎したり、親の代わりに明日の連絡を聞いたりする。
そして親に伝達する。
伝達しているうちに、私に塩対応だった利用者さんが私と仲間意識を育んでくださった。
それはよかったこと。
でも、私は子どもたちに普通の学校生活を送らせてあげたい。
今まで学校に適応できていた子どもたちが、どんどん引きこもっていくのが悲しい。
今まで不登校気味だったけど、行けるようになってきた子どもたちもいる。
ひとりひとりの職員の対応は、どの子に対してもほとんど変わらないから、
違うのは親が学校の先生を信頼しているかどうかだ。
それは明らかに、差異がある。
子どもは親を選べない。
子どもよりも子供な親がいる。
昼過ぎ、話を聴いてほしいと暗い声で内線がかかってきたから、部屋へ行った。
子どもばっかりいい思いをしている。私は我慢ばっかりしているのに。
そんなことを話された。
悪いけれど、何を言っているんだろうかと思った。
マスクをしていてよかった。表情を偽りやすい。
延々と続く愚痴を聞きながら、思った。
私は今、この人を裁いているなと。
私がもしも今、この人と入れ替わってしまったら、私はそれだけは絶対に嫌だなと思った。
嫌だと思うのは、それは、この人がとても辛そうだから。
誰にも相手にしてもらえないのは、それはこの人がそれなりに嫌なことを周りに対してしているからで。
でも、この人はそうやって生き延びることしか知らないからで。
一生懸命に生きているのは私もこの人も同じだ。
家族といても寂しくて辛い。生きている意味がないと思う。死にたい。
どうしたらいいかわからない。
とても落ち込んで、点けっぱなしだったテレビを珍しく消して、私に話してくれた。
そうだね。私もあなただったら、きっと辛くて、死にたくなると思う。
窮屈な生活。様々な体調不良。不安定な経済状況。
本当は家族のみんなと楽しみたいのに、言い出せなくて、怒ってばかりで、仲良くしてもらえなくて。
でもどうしたらいいのかわからなくて、余計に嫌なことを言ったりする。
それでは仲良くしてもらえない。居場所がないって思えてしまうだろう。
「私が、居場所になれたらいいなって思うんですけどね。
でも、どうしたらいいんでしょうね。」
そう言って私は、泣いている彼女の手をさすっていた。
いつもいつも自分勝手だし、子どもが成長して自分から離れて行くことを許せないし、他にもたくさんたくさん、
彼女はあらゆる面でとんでもない親だと私は思う。
でも、それは彼女の価値とは関係ないんだ。
私と同じだけの価値が、彼女にはある。
私は彼女を裁かないでいたいと思った。
彼女の子どもこそ大変だと思うし、言うなれば彼女の子どもは彼女の被害者だろうと思えるけれど、
でも今私の目の前にいるのは、彼女だから。
彼女は、今まで何度も何度もかまってほしくてこうやって職員に言ってきただろう。
そして職員は、少し緊張しながら、多分
「子どもが成長していくことを喜びましょう、子どもは離れていくもんですよ。お母さんも頑張りましょう。」
「何をバカなことを言ってるの、お母さんのことみんな大事に思ってるんだから、死ぬなんて考えちゃダメですよ。」
「お母さんが元気でいることが、子どものためですよ、何か気分転換しましょう。」
というようなことを言ってきただろう。
極めて常識的に。
そしてそんなことは、彼女は百も承知なのだ。
今、私が彼女に対してしてあげられることは何なんだろうかと、困った。
私は何もしてあげられない。
気休めは言いたくない。彼女のこの辛さを、軽んじたくはなかった。
それがせめてもの、私の敬意だ。
「そんなにお辛いのは、精神科のお医者さまに相談すべきことだと思うんですよ。
ひとりで抱えているのは大変だと思うから。
お医者さまに、今私にお話ししてくれたことをお話ししたことはありますか?」
ーない。今は言いたくない。
「そうなんですね。じゃあ、嫌なことをしたくはないので、病院に相談するのは今日はやめましょうか。」
ーうん。病院には言いたくない。
「わかりました。じゃあ、ちょっとでも明るい気持ちになってもらわないと。
私、いつまでも帰れないですよ。私がここを出てからお母さんに何かあったら心配だもの 笑」
ーあはは 笑
「どうしましょうね。」
ーどうしたらいいかわからん! 笑
「困りましたね〜」
こんなやりとりをした。
事態は何も変わらないけれど、どうしてか彼女は少しだけ笑ってくれた。
食欲がなくて朝も昼も食べていないと言っていたから、「そうだ、とりあえず何か食べましょう」と勧めてみた。
「(食べるものは)ない。それに食べたくない。」と答えられた。
「じゃあ、私が何か作りましょう。」と、諦めない私は笑顔で言った。
何もないよ、なんて言うけど、口元の笑みが消えない。もう大丈夫だ。
冷蔵庫を開けていいか尋ねると、いいよと言ってくれたので、見ると卵がたくさんあった。
「じゃあね、甘い卵焼き作ってあげますよ。見た目は汚いけど、味は美味しいの頑張って作りますから。」
どれだけ私は甘いのかね。
でもね、私が孤独に耐えられないほど辛い時は、誰かにあたたかいものを作ってもらったらとても嬉しいと思うから。
本当は一緒に食べられたらよかったんだけど、そろそろ事務室に帰るようにと内線がかかってきてしまった。
出来上がったものを、どうぞと出した。
「美味しそうだ!」と声をあげた。
炊飯器にあったご飯もよそって、彼女の前に置いた。
フライパンを洗いながら、何気なく見ると、パクパク食べている。
「美味しいよ。」と言ってくれた。
「よかった!」
実は塩と砂糖を間違えるという古典的大失態をやらかして、慌てて調整したのだった。
私はなんでこんな時に神がかり的に間違えられるんだろうか。
それ塩だよ!って、彼女は爆笑していた。
「カッコつけて作って、不味かったらどうしようって思ってたから 笑 ちゃんと甘い?」
「うん、甘くて美味しいよ。」
「よかったー!」
じゃあ、ちゃんと元気でいてくださいね。夜までいるから、また何かあったら内線くださいね、と言って、退室した。
1時間以上滞在していた。
ま、疲れるよね。こんなことしていたら。
私は私でいられてよかった。
彼女は、私との間に居場所があると思えただろうか。
私は、彼女との間に居場所があると思えている。
とんでもない人だけど、でも、彼女がいてくれて、私は本当にたくさんのことを学ばせてもらっている。
そして、彼女が笑ってくれると、私は嬉しい。
好きだとか何だとか、わからない。
そんなことはどうでも良くて、私は彼女と生きることができて嬉しい。