主人公

yoasobiという人気のアーティストがいて、私の子どもたちもとても好きだ。

小説や漫画を題材に曲を作っているというところが、興味深いなと思う。

歌うには難しすぎるけれど、MVも、曲も、歌詞も、元になっている物語も、3人で全てを味わって楽しんでいる。

 

 

 

数日前に小学校を卒業した長男は、思春期にしっかりと入ったようだ。

私に話したいことがあるようだが、次男がいるところでは話したくなくて、

友だちの恋バナやクラスの恋愛事情について、あたかも傍観しているかのように話してくれる。

繊細で優しい彼は、きっと美しい物語を生きているのだろう。

 

長男がyoasobiの「怪物」という曲をいたく気に入っているのは、

これが肉食獣と草食動物の恋の物語が元になっているからだ。

どうやらこの曲の元ネタではないようだが、私たちふたりは『あらしのよるに』というお話を思い出していた。

 

私は1巻しか読んでいないが、小学2年生の頃に長男はハマって、5巻ぐらいまである最終巻まで、図書館で借りて読み、私に感動を語ってくれていた。

狼と羊の道ならぬ恋の話だ。

自分の共同体のルールを守って、適応して所属していこうとすると、恋しい人を危険に晒すことになる。

そういう狼の苦悩が描かれていて、

あきらめたり別れを選んだり、記憶を失くしたり、様々なことを経、

最終的に狼は恋しい羊と共に生きていくことを選ぶ。

でも彼らの共同体を捨ててどこかへ逃げるのではなく、この世界でどうやって生きていこうかと、ふたりで雪山を見ながら考える、

そういうシーンで終わるらしい。

長男が、小学2年生の時に読んだことを思い出して、詳細に教えてくれた。

いまだに大好きな物語なのだなと感じた。

 

そう、彼は、「闇落ちした友人に向き合ってもう一度仲間になる」という男の熱い友情物語と、「許されない恋」の物語を、とても好む人だ。

たくさんのロマンチックな悲恋の物語や、ハッピーエンドのメルヘンを、一緒に味わっていきたいと思う。

映画も見たいね、オペラも、お芝居も。

私はもう母親というよりは、近くにいる友だちでいたいなと思う。

一生懸命に生きて、悩んで、恥じらって、そしてたくさんの夢を見ているあなたの、

今だけの美しさを大切にしたいと思う。

 

 

 

yoasobiの「ツバメ」という曲は、コーラスで歌った。

私が歌うのをとても喜んでくれる次男は、この歌はどんな話が元になってるのかなと言った。

これは『幸福の王子』だろうねと、私と長男の意見が一致した。

歌詞は、あの物語の明るい部分、ツバメの思いにのみ焦点が当たっているので、元の物語とはずいぶん違う印象を受ける。

幸福の王子』ってどんなお話?と次男が聞いたので、かいつまんでお話をした。

 

あまり細かいところまでは覚えていないので、違っているかもしれないけれど…。

人々の幸せを願って、宝石や金銀で造られた王子さまの像は、

自分だけが豊かでキラキラして幸せであることに気づいた。

人々の幸せを願って造られたにもかかわらず、人々は変わらずに不幸せである。

そのことに心を痛めた王子さまは、貧しい人々のために、自分の身につけている宝石や金銀を与えたいと願うようになる。

孤独だった王子さまにはひとりだけ友だちがいて、それは一羽のツバメだった。

ツバメは心優しい王子さまの願いを叶えたくて、王子さまが言うままに、王子さまから宝石を外しては、人々の窓辺へ届けた。

秋になり、仲間のツバメが南国へ飛び立つ準備を始めても、ツバメは王子さまの、あともう一度だけ、もう一度だけという願いを叶え続けた。

冬になり、もう長い渡りをするだけの力を失くしてしまったツバメは、王子さまの持っている最後の宝石を、ひとりの子どもに渡しに飛んで、

そしてみすぼらしくなって誰もに忘れ去られてしまった王子さまの像の足元の雪の中で、眠るように死んだ。

 

途中から次男は私の膝に顔を埋めて、震えていた。

私は次男の髪をなでながら、話を続けた。

「ツバメ、かわいそうすぎる…」と彼は泣いていた。

この物語をどう捉えるかは、本当に様々に読むことができると思う。

次男は、正義感の強い彼は、とても素直で優しいなと思った。

「そうだね。しゅんすけはとっても優しいんだね。」

次男はちょっと嬉しくなってしまったようで、目をつぶったまま、笑顔でうんうんとうなずいた。

「こんなひどい話とは知らんかった。もうぼく、「ツバメ」嫌い。もう聞かん。」

ああ、とても傷ついてしまったようだ。

「ツバメのことを思って悲しむしゅんすけ、本当に優しいね。大好きだよ。

でもね、ツバメはね、王子さまの願いを叶えてあげられて、私は幸せだったと思うよ。」

私は次男の髪をなでながら言った。

「だってさ、宝石を届けるのはツバメにしかできないことだしさ。」

長男もうなずきながら言ってくれた。

「…でもさ、みんなと南の国に行けなかったし。

王子さま、友だちならツバメのこと、もうちょっとわかってあげんと…」

王子さまにダメ出しし始める次男。

「しゅんすけ、結構大人だね〜」と微笑む長男。

「ツバメは、行こうと思えば行けたんよ。

でも、大好きな王子さまの側にいて、役に立ちたかったから、そうすることを選んだんだよ。」

「…そうか…。」

次男は起き上がって、腕組みをして神妙な顔をして、考えていた。

「…でもやっぱり、ひどい話だな。」

「私もそう思う。多分、yoasobiの人もそう思ったんだろうね。だから、この歌詞は全然そんな悲しい感じがないじゃない。

ツバメが自分にできることを探しながら、みんなのために何ができるかなって、それで少しでも世の中が良い方に変わればいいなって願っている歌詞でしょう。」

「うん、そうだよね。ぼくもだから、『幸福の王子』じゃないかもって思ったもん。でもMVの初めに王子さまの絵が出てくるから、やっぱりそうかって思った。」

「うん。ツバメが幸せだったなら、まだいいけど。」

「だから、この歌、泣かずに歌うのめっちゃ難しくてさー。」

「え、お母さんも泣きそうだったんだ!」

「うん。本番では振り付けとかあって色々忙しかったから、泣かずにすんでよかったんだけどね。練習はやばかったよ。」

ツバメの物語の美しさを感じながらも、でもひどい話だよなって思える次男を、とてもたくましいと思えた。

 

福祉の現場にいると、この物語が他人事とは思えなかった。

王子さま、あなたはできる限りを精一杯になさったけれど、

やっぱりあなたもきっと、もっと幸せに生きることもできたと思う。

物よりも大切なのは、心を伝える言葉だと、私は思う。

あなたの優しい気持ちが人々へ伝わっていたのなら、物語は変わったかもしれないと思う。

あなたひとりが悲しまないで、共に悲しむ仲間が増やせたらよかったのにと思う。

 

 

 

今日は自助グループだった。

私の友だちたちが子どもさんたちを連れて来られて、次男のお友だちたちも集まった。

心優しい王子さまのような、心優しいツバメのような人たちだなと思った。

みんなのことを思いやれること、大切な誰かのために行動できること、本当に素敵だと思う。

でも、どうか主役として、自分の人生を生きてほしい。

あなたが自分を犠牲にしてしまうことで、あなたを思って悲しむ人もいる。

そんなこと、いつか気づいてもらえたらいいなと思った。

自分がしたいことを大切にして生きることは、それだけで周りの人々を幸せにすると思う。

 

 

 

 

この1週間は、大変に過密スケジュールだった。

大切な人たちとの別れが続いている。

でも、一度遠くへ離れてしまった大切な人たちとの再会も続いている。

悲しい物語は美しい。

でも私は、幸せな物語の主人公だから、

私との物語を作る誰をも、不幸にはさせない。きっと。