窓際

今日は絶対的休日。

朝はゴミ捨てをして朝ごはんをゆっくり食べて、

昼過ぎまでゆっくり寝る。

夕方、久しぶりの友だちに会ってお茶をする。

夜はこれも、久しぶりの野田俊作ライブラリのオンライン勉強会。

色々あったこの2週間半ぐらいの分を、ゆっくり休めたように思う。

 

今日の勉強会では、関係について学んだ。

良い人間関係についてアドラー心理学を学ぶことを通して学んできて、

わかったつもりでいたけれど、関係って、体験なんだなと思った。

 

 

 

祖母が先月の24日に他界した。

祖母の人生について、思った。

私と祖母の関係を、思った。

美味しいものが大好きでおしゃべりが大好きだった祖母と私は

ふたりで喫茶店でたくさんのおしゃべりを重ねた。

私たちはお友だちだよねって、笑っていた。

本が好きだった祖母の影響で、私も本を好きになった。

歌も好きだった。社交的な人だった。ユーモアがあって、子どもが好きで。

たくさんの時間を過ごしたけれど、

一番思い出すのは、喫茶店でケーキを食べながらおしゃべりしたことだ。

私のお友だちとは、そうだ、こうやって喫茶店でおしゃべりするのが好きな人ばかり。

 

大学生の頃、祖母と喫茶店でおしゃべりをしながら、

次はあるのかなって少しだけ不安になるようになった。

今を後悔しないでいられるように、一瞬一瞬、相手にちゃんと向き合っていたいって思うようになった。

私の人づきあいの基本は、祖母との関係にあると思う。

 

関係。

それは、人と人との間にあるもので、ふたりが互いに作っていくもの。

 

 

 

 

勉強会でその話題になったとき、私の職場の3歳のMちゃんのことが思い浮かんだ。

すべり台が好きなMちゃんと、暖かくなってから、よく一緒に遊ぶ。

「いっしょにすべろ!」って誘ってくれるから、

「いいよ!」って私は喜んで、Mちゃんがすべり台の階段を上る後をついて上る。

Mちゃんは、きゃーって言って笑いながら、私を残してひとりですべる。

「えーMちゃん速いー!いっしょにすべろって言ったのにー」と私が言うと、

「えへへ、いっしょにすべろ!」って言って走って、

私の座っている後ろからやって来て、私の膝に座る。

「行くよ。シュー!」

ふたりですべると、またMちゃんは「いっしょにすべろ!」と言って走って、

先にひとりですべってしまう。

「Mちゃん速いー!間に合わなかったー!」って言って、Mちゃんはまた走って来て、

ふたりですべる。

そんな遊びを永遠に繰り返すのが、私たちの定番の遊びだ。

 

ある日、Mちゃんがリュックサックを背負っていた。

私の前を上っていくMちゃんに、「リュックに何が入っているの?」って尋ねた。

Mちゃんは立ち止まって、私を振り返り、「あのね、お弁当が入ってるの!」と言った。

「ほらね、いっぱい入っているでしょ!」

すべり台の上でリュックサックを開けて、空っぽの中身を見せてくれた。

「はい、このお弁当はMさんの。このピンクのはMちゃんの。おにぎりもどうぞ。」

「わあ、おいしそう!ありがとうMちゃん!」

Mちゃんと私は狭いすべり台のてっぺんに座って、Mちゃんのお弁当を食べた。

「お茶もあるのよ。リンゴもあるの。おいしいでしょ。」

「ありがとう、おいしいね。」

 

私がいて、この子がいる。

私は確かにここに、この世界に所属している。

私はこの子と共に生きている。

全てが輝いて見えて、もう何もいらないように思えた。

 

芝生も桜の木も青空も。

すべり台の下でボール遊びをしている男の子たちも、花壇でおしゃべりしているお母さんたちも、

この閉鎖的な施設で、たくさんの困難な状況の中で生きている人たち、

なんとか日々をこなしている職員たち、

大変な環境で生き延びている子どもたち。

ここにいる人は皆、決して幸せで穏やかな理想的な生活ではないけれど、

私がここにいるということ、ここに生きているということを、

世界の中に私が溶けているということを、

ああ、これなんだな、と実感した。

それは、Mちゃんとの関係の中で、実感した。

きっとMちゃんも、私との関係の中で、ここにいるということ、世界の中に自分が所属しているということを、感じてくれたと思う。

子どもはきっと、そういう実感を大人よりもたくさんできるのだと思う。

 

お弁当を食べた後、リュックを背負ったMちゃんとふたりですべって、

Mちゃんはまた私の前を上っていった。

「お弁当食べましょう。」と、また座って、リュックをおろして、開けて、見えないおにぎりを渡してくれた。

「ありがとう。おいしいね。Mちゃん優しいね。」

「うん、そうよ。パンもあるのよ。どうぞ。」

にっこり笑って、Mちゃんはまたたくさんの食べ物を振る舞ってくれた。

食べ終わったら、またすべって、上ってはまたお弁当を食べて、またすべって、

その日は40分ぐらい、そうやって過ごした。

 

Mちゃんは夏頃、年子の弟に対して「それはMちゃんのー!」って言って物を引ったくるということが多かった。

でもこの日、見えない食べ物だけど、私と分かち合うという喜びを感じられるようになったことに、Mちゃんの成長を感じた。

私は、彼女を変えようとは思わずに、彼女と遊ぶことができるようになっていた。

 

 

 

 

 

職場で、どれだけのことができているかはわからないし、

できていることがあるとしても、おそらく、目標とされる支援とは直接は結びつかないことばかり私はしているのだろうけれど、

でも、接していく中で子どもたちが成長していくのを日々感じている。

 

以前このブログに、午後から時々学校に行く妖精くんのことや、勉強してみない?って車の中で聞いたら、ああそれもありだなあと答えてくれたNくんの話を書いた。

その後、私はNくんとも勉強をすることができ、妖精くんとも勉強をすることができた。

どちらも、彼らの方から、Mさんと勉強したいんだけど今日はできますか?って、お母さんを通して尋ねてくれた。

彼らが、学校に行くことについても、勉強をすることについても、人と関わりを持つことについても、どれほど勇気をくじかれているか、私にははかりしれない子たちであることを思うと、

もうそれだけで、ものすごい出来事だと私には感じられる。

妖精くんは、私と問題集を解いた後、家でもその続きのページを自分で解いて、

どうしても答えが違ってしまうんだけど、どこで違ったか教えて欲しい、と、質問しに来た。

私は喜んで見てあげて、ここの計算が違ってるねと言った。

「ああ、ほんとだー!」って、彼はにっこりして、

「できそうだからやってみるよ。」とその場で計算をしなおした。

答え合わせをすると正解していて、「やったー!!」と、ついて来ていたお母さんと3人で飛び跳ねて喜んだ。

「いやー、ちょっとしたところで引っかかっていただけだったんだな。」って彼はしみじみ言った。

「そうだよ。ちょっとしたミスだよ。もう大丈夫、きっとできるよ。」

うんうん、と笑顔でうなずく彼を見送って、私はとてもしあわせだった。

 

ありがたいことに、他の職員さんたちも皆同じように感じていて、

「自分で家で宿題をやって、今、わからないところ質問に来てくれましたー!」

と私が事務室の扉を開けるなり言うと、

「え?さっき自分から勉強したいって来ただけでなくて!?その後も、家で自分で宿題していたって?!

Mさん、それはすごいことだから別枠で日報挙げて!!」

って上司が言い、

「えー!すごいー!信じられんすごいー!」ってみんな拍手して、

大騒ぎするぐらいの出来事だった。

我々の子育てについてのハードルは、地面にめり込んでいる。

本当に、どうかしてると思う。

だけど、小さな変化に敏感に気づいて、その変化を喜び合える人たちと一緒ににいられることはとても嬉しい。

 

 

 

 

そんな妖精くんが、昨日また、一緒に勉強してほしいと言ってきてくれた。

職員が少ないから、今日は事務室前の机でよければできるよと伝えると、

しばらくしてにこにことやって来た。

「ここがわからんのよねー。」と、自然におしゃべりしてくれるようになっている。

平面図形の作図をした。

コンパスがないから、フリーハンドでなんとか済ました。

コンパス準備できたら、今度一緒にちゃんと書いてみようね。と話しながら。

「半直線って、なんで半直線って言うかわかる?」

「えー…半分の直線…?んー?わかるようなわからんような…」

「直線ってね、原理的には、永遠に続いているの。便宜的に、点Aと点Bを通る直線って言ったら、紙に限りがあるからこうやって適当なところで切るけど、本当は、点A側と点B側に、どこまでも伸びてるの。」

「へえー!こうやってずーっと伸びてるのかあ!ずーっとずーっと!」

妖精くんが両腕をいっぱいに伸ばす。

「そう。それが直線。」

「わあー!」

妖精くんの目が、宇宙まで続く果てしない直線を追ってキラキラ光っている。

「すごいでしょ。」

「うん。すごい…」

「でね、半直線っていうのは、ここ見て。点Oと点Pを通っている半直線。」

「うん。」

「点Pの方にだけ伸びてるでしょ。」

「うん。あ、Pの方にだけずーっと伸びてるんだ!こっちにだけずーっとずーっと!」

片腕だけをいっぱいに伸ばす。

「そういうこと。点Oで止まっている。」

「なるほどねー。」

「数学用語って、全部定義が決まってるの。でも、面白くない?私、計算とか問題解くのは苦手だったけど、こういう数学の考え方って面白いなって思ってたよ。」

「うん。すごいなあ…」

彼の目は、見えない半直線を追ってキラキラ光っていた。

 

とても知的で賢い彼は、ただ勉強する勇気がなかっただけ。

学問の面白さに、その一端にだけでも触れてくれたら、彼の世界はどこまでも拓けていくだろう。

私は、この牢獄のような彼の世界の窓際に、風を届けたいと願っている。

 

 

 

そんな風にしているところへ、Nくんが外出から帰って来た。

「お、勉強してる…」

いつもすぐに部屋へ帰るNくんが、立ち止まって呟いた。

「よ!今数学してる。コンパスなくって、歪んじゃったけどね。」と妖精くん。

「Nくんも、よかったらする?」

何の期待もせずに、声をかけてみた。

「おう!するわ!」

「え?本当?おいでおいで!」

「わー塾生が増えた 笑」妖精くんも嬉しそう。

すぐにNくんが降りて来て、「M塾が開かれていると知って、来ましたよ!」と言ってくれた。

 

「ほら、コンパス、使っていいよ。」

「おー!ありがたきありがたき幸せ〜!これでちゃんと書ける!」

ちょうどNくんも、平面図形わからないと言うので、ふたりにNくんのコンパスを使って作図をしてもらうことにした。

「ところでコンパスってどうやって使うんだ?」

「どこに鉛筆つけるの?」

「うおおおずれるー描きにくいーなんだこれー!」

中学生の少年たち、コンパスを初めて使う模様。

「慣れたら上手になるよ。ゆっくりゆっくり。」

なんでもそうだよ、ひとつずつひとつずつ、ゆっくり進んでいこう。

 

問題文に書いてある直線と半直線について、妖精くんがさっき私の説明したことを、

熱を帯びて「直線は、ずーっとずーっと伸びていくんだよ!どこまでも!」

と、全身で表現してNくんに伝えていた。

「まじで!それはすげーな!」

Nくんも目を見開いて、立ち上がって興奮している妖精くんを見つめて感嘆の声をあげた。

 

「ってことは、直線AB、宇宙をぐるっと回ってここまで戻ってくるんじゃねえの?」

Nくん、素晴らしく賢い子だと思っていたけど、やはりただ者ではない。

「それはね、別の数学の世界観だとそうなる。でもここでは、中学校で習う幾何学の範囲では、直線は曲がらずにそのまま真っ直ぐ伸ばしといて。そういう考え方もあるんだけどね!それに気づくのすごいねNくん。」

「ほうほう。中学の間は真っ直ぐ伸ばしとくのか。」

「それでよろしく。」

「仕方ねえなあー」

Nくんもにこにこしながら、妖精くんと一緒におしゃべりしながら作図をした。

 

「点P!悪名高き動き回る点P!」など言っていたので、Nくんの方が妖精くんよりは学校で数学の授業を受けている様子だった。

こんなに賢い子たちが、勉強の面白さに気づけないなんて、なんてもったいないんだろうと思う。

「なんか、数学ってすげえ…」と、Nくんは妖精くんの説明を聞いて呟いた。

「うん、数学ってさ、なんと言うか…」妖精くんも感動を表そうとしていた。

「ロマンだよね。」

受け取ってくれるかどうかわからなかったけど、ぽんっと言葉を投げてみた。

「うん。」ふたりは深くうなずいてくれた。

なんてピュアな子たちなんだろう。

こんな風にして一緒に広い世界を眺められること、本当に幸せに感じる。

 

 

彼らが良い成績を取れるようになるには、かなりの時間も努力もいるだろう。

彼らがそこまで頑張れるかどうかはわからないけれど、

でも、私にできる限り、勉強を通して、彼らと楽しい時間を過ごしたいと思う。

彼らの世界が拓いていくことを、彼らが自分の世界を切り拓いていけるようになることを、

私は願っている。

 

期待し過ぎていてはいけないとわかっているけれど。

どんな人生を歩むかは、彼らが決めることだから。

私の願いを押し付けてはいけないと思うし、

勝手に彼らの未来を描いて、勝手に彼らにがっかりするのも失礼なことだと思う。

今の彼らを大切にしたい。

今後無数にやってくる彼らの決断を、応援したいと思う。

それが、良い関係を、築いていくことだと思う。

私は、いつでも味方でいる。

私の願う通りのことが起こらなくても、私はいつでもあなたの味方でいる。

そう信じ合える関係が、良い関係だと思う。