カオスと静寂

社会人デビューの私は、今日健康診断を受けに行った。

子どもたちに留守番を頼んだ。

彼らがあまりに家中散らかしているので、片付けておいてねと言って。

 

帰宅すると、

「おかえりなさい…お母さんにお話ししなきゃいけないことがあるんです…」

と、神妙な顔で2人が玄関で私を出迎えた。

いつもコタツの中で寝転んで、おかえり〜と言っている人たちが、どうしたんだ。

「何何?大丈夫?」

 「いえ、その、大変なことが起こってしまって、大丈夫ではないです。」

「?怪我した?」

 「えっと、お母さんが手を洗ってから見てもらおうかと思うんだけど」

「何何?」

 「あのー、ベッドの上から飛び降りようとしたときに足を滑らせて、壁に激突しちゃって、それで、壁に穴が空いちゃったんです…」

「な゛あ〜〜〜〜!?!?」

 

急いで寝室に行くと、枕元の壁に、直径10cmぐらいの穴が空いていた。

石膏ボードが割れている。

 「ごめんなさい…」

「うん。何してたの?なんか振り回したの?」

 「ううん。ほんとに、僕の頭がぶつかっただけ」

「それでこんなことになるの?!」

 「うん。すごい音がした。」

 「ぼくもすごい音でびっくりした!」

「それはそうやろねえ…。頭は大丈夫なの?」

 「まあ、まだちょっと痛いけど。たんこぶはできてないし大丈夫だと思う。」

「そう、ならよかった。…はあ…大家さんに相談しなきゃ。」

 「直るの?」

「まあ、とりあえずの見た目は直してもらえると思うよ。たまにあることだからね、壁に穴空いちゃうこと。この家は傷つきやすいから気をつけてって言ってたでしょ。アパートはおたくの家みたいに丈夫じゃないんだよ〜。」

 「よかった…ぼく、壁作り直すのってどうするんだろう、建て替えなきゃいけないのかと思って、どうしようと思ってた。」

「建て替えることはないよ。なんとかなると思うよ。」

 「こんなこと、起こることないと思ってたから…どうしようかと思った。たまにはあることなの?壁って穴空くものなんだね?」

「うん、強い力でぶつかったら穴空くよ。頭ぶつかって壁壊れたなんて聞いたことないけどね…。」

 

ほっとしたのか、涙目になっている長男。

私も落ち着いてきて、ふと部屋を見ると、ベッドメイクがきれいにできていた。

「あれ、お布団きれいにしてくれたんだね。」

 「そうなんです。」

「あれ、カーベットのコロコロ使ったの?掃除してくれたんだ、ありがとう。」

 「そうなんです。お皿も洗っておきました。」

「あ、ほんとだ」

 「お片付けもして、お部屋の掃除もして、帰る荷物もまとめておきました。」

「ほんとだ〜 笑」

 「しゅんすけが、どうしようどうしようって不安になって、もう書き置きを残して外に出て行こうかとか言うから、それはお母さんが帰ってきたときに心配するから、とりあえず気持ちを落ち着けるためにお片付けしようかって言って、掃除したりしてたんです。」

 「だってどうしようかと思ったんだもん…」

「お外に出ないでいてくれてよかった。色々やってくれてありがとう 笑」

 「今回学んだことは、壁は壊れやすいっていうことです。お母さんが気をつけてって言ってたのがわかりました。うちの家とは違うんだってわかりました。」

 「こんなことになるなんて、知りませんでした。もう壁どんどんしません!」

 

失敗から学んでくれたようで何より…。

そして、弁償しなければならなくなった場合、長男の貯めているお金から払っていただくということで話し合いはまとまった。

 

 

「2歳のときからあなたはふすま破ったり、穴空けたりしてたからなあ…」

 「え?障子でしょ?」

「ううん。障子なんかは誰でも破っちゃうけど、違うよ、ふすまだよ。」

 「え?」

「前の家でね。あれも賃貸だったから困ったんだよ。昔からよく家壊してました。」

 「今の家でも障子破っちゃったよね。なんか破れにくい障子って言ってたけど」

「あー、強化ワーロンの障子、これ破れることはなかなかないですよって工務店さんびっくりしてたわ 笑」

 「…すみません」

「はい。もう力強すぎるから、ほんと気をつけてください…」

 「はーい!」

 

彼らはほんとに力が強くて、しかも目一杯動き回るので、そうだった私は昔からこういう目には遭ってきたのだった。

ほとんど陰性感情が動かなかったのは、今回は全くの失敗だったと判ったからだと思うけど、

私がこういう事態に慣れているということも大きい。

 

 

「お腹の中にいるときからあなたたちは力が強くて、お母さんお腹蹴られすぎてお腹痛くなってたんだよ。」

 「早く出せ〜って?」

「きっとね。でもまだお腹の中で大きくならなきゃいけない時期だったから、生まれそうになったら困るからって、お母さん安静にしてなさいって言われて、横になってたんだよ。」

 「そうだったよね。しゅんすけぼこぼこってすごい動いてたもん!」

「あなたもだったんだよ。お腹蹴られすぎて、お腹が硬く張ってたんだけど、病院の検診に行ったら、すごくお腹張ってますけど痛くないんですか?って言われて、痛いですけどいつもこんな感じですって言ったら、え、これは張ってるんですよ!なるべく張らないように安静にしてください!って助産師さんにびっくりされたんだよ。

初めての妊娠だからよくわからなくって、それでお腹硬くなったらよくないんだって知って、それから安静状態になったんだったわ。」

 「ぼくたち生まれる前から強かったんだなあ!」

「ね。強いのはとってもいいことだけど。コントロール上手になってください。」

家壊れたのに、何故か彼らが私と一体だった頃の幸せを思い出してしまった。

ふたりとも、にこにこしていた。

 

 

彼らと付き合うようになってから、私はびっくりし通しだ。

まったく私の好まないカオス、暴力、破壊、喧騒。

だけどそういう私の好まない環境に置かれても、もうあまりそのこと自体に陰性感情が揺さぶられることがなくなった。

だって、彼らが居てくれることが何より大切なことだから。

罰を恐れて適切な行動をしようと、きれいな部屋でビクビク私の帰りを待っていたふたりが、

私が怒らないことにほっとしたのだろう、話し合いの後、散々散らかして遊び始めたので

私はとてもほっとした。

彼らと暮らすには、このカオスがついてくるのだ。

けれど今は現状復帰するようになってくれたし、意図的な破壊もなくなった。

それより何より、話し合いができるようになったから、大変おつき合いしやすくなった。

 

 

ひとりの暮らしに戻って、あまりに静かでびっくりしている。

上の階の音が聞こえてくる。

この暮らしはコントラストが強すぎる。

また、金曜日の夜には会える。