曲げられない

今日はパセージ第2章の予定が、復習会になりました。

 

パセージは、リーダー含めて6人以上14人以下でないと開催できないというルールなので、
欠席があって6人に満たなかった場合、次の章に進むことができないのです。
なぜ6人は良くて5人じゃだめなのか、
それはグループの動きが悪くなるからだということだそうです。

 

何度もパセージや自助グループをやってきて、私も、確かに5人と6人の差は大きいなと思います。
リーダーと4人のメンバーというグループと、
リーダーと5人のメンバーというグループでは、
何が違うんでしょうね。
リーダーと6人のメンバーというグループは、リーダーと5人のメンバーというグループとほぼ同じです。
親密さなのかな。
メンバーさんの人数が少ないと、リーダーの影響が大きくなる気がします。
これは私が濃いタイプのリーダーだから余計にそうなってしまうのかもしれませんが…。
少人数のグループが悪いわけではないと思うのですが、
ある程度以上のメンバーがいる方が、メンバーさんたちの自由度が高まる気がします。
いい意味で、リーダーの制御できない状態になるのではないかなと思います。
リーダーが完全にその場を支配してしまえないような人数だと、
メンバーさんたちが自由に動けて、
その動きが、グループ療法の大きな力になるのではないかなと
私はぼんやり思っています。

私は復習会も好きです。
マニュアルがないですから、自由に動けますので、時間に縛られることがありません。
気楽に進められて、どうやって学んでもらうか、純粋に楽しむことができます。

 


パセージの各章にはきっちりとしたマニュアルがあって、
目安の時間も決まっていて、
話し合いの手順もワークも決まっているのです。
その枠組みの中で、メンバーさんたちに自由に事例をお話ししていただいて、
テキストのページに沿った内容を学び合い、
事例提供メンバーさんの良いところや子どもさんの良いところや代替案を話し合い、
ロールプレイをして効果を確かめます。
それを時間内に進めていくというのが、大変でもあり、やりがいのあるところでもあるのですが
なかなか集中力を要します。
リーダーが余計なことしゃべってしまうと、時間がなくなりますし、
メンバーさんたちがたくさんご意見やエピソードをお話ししてくださらないことには進められないし、
様々なバランスが大事な2時間半です。

 


どうして開催にあたっての条件や、マニュアルがそんなに厳しいのかというと、
全国どのリーダーのところで受講しても、同じようにパセージを学べるように、
という大きな目的があるからです。
私は、ただ私がパセージリーダーであるだけではないのです。
日本アドラー心理学会の有資格者として、全国のパセージリーダーさんたちの活動の中の
ひとつの小さな部分として、動いているのです。
だから、美穂さんのやってるパセージとかアドラーって全然だめだよ、よくないよって言われてしまうと、
それは私の評判が悪くなるというだけではなくて、
全国のパセージリーダーさんたちの、そして日本アドラー心理学会の評判を落とすことになってしまうのです。

もっと言うと、全世界のアドラー心理学を学ぶ人たちとのつながりの中に組み込まれて、

私のこの小さな活動があるので、全世界のアドレリアンに対する責任が私にはあるのです。
そういう責任を持って、私が出会えるメンバーさんたちによいものを提供できるようにと努めています。

 

パセージが5人で開催できたらとても楽です。
メンバー集めがまず難関で、パセージ開催を延期することが全国でも多々ありますから。
実際、誰も見ていないのですから、リーダーの采配で何とでもできるのです。
でも、そこを曲げてしまっては、パセージでなくなっていってしまいます。
細かいことばかりだけれど、その細かいところをきちんと守っていくこと、
それがよいパセージを提供することにつながると思います。

 


アドラー心理学は言葉を大切にする心理学です。
言葉にしたことは、守らなければいけません。
子育てでも、他の対人関係でも、言葉を守ることにとことんストイックです。
そのあたりの厳しさが、日本人に受けないところだと私は感じていますが、
言葉を正確に使い、言葉を守るということ、
それがなければよい対人関係も築けないだろうと思います。
なので、厳しい現実を受け止めながら、
厳しいルールを守って、その中で楽しみを見つけていくのです。

遊びというのはそういうものだと私は思っています。