意図は思いの外

途中色々と変更があったのですが、

今日は当初の予定通り、母の家に帰省しました。


夫がここ数日の変更に次ぐ変更に対して、

いつも一番母の助けになるようにと考えて、

提案し、実行してくれてとてもありがたかったです。

4時間近く運転して連れてきてくれました。

子どもたちも、とても協力的に動いてくれました。

ありがたいです。


私は、夫の家族のためにこんなに動いていないなと思いました。

私と夫はたくさん違うところがあるけれど、

私は夫を見習うべきこともたくさんあると思いました。

夫の期待に応えられるとは思わないけれど、今日の私よりは、

夫の家族にとっての良い家族になってみようか。

…まだ抵抗があります。

でも、今日夫がしてくれたことを忘れないでいようと思います。



車の中で、夫が機嫌良く言った何気ない一言が、私はとっても嫌だと思いました。

でも今日は、夫に感謝して、仲良く過ごそうと決めていたので、

黙ってみました。

ああ私はこの一言がすごく嫌だと思っているって、思いました。

でも思考は私ではないのです。私の外側にあるものです。

私の思考はそうなんだ、と、眺めてみようとしました。

それから、夫の意図を考えました。

夫はまったく私に嫌な思いをさせようなんて思っていなくて、

ただ彼の意見を機嫌良く述べただけでした。

それに、私がその意見について何もコメントしなくても、機嫌良く運転を続けていて、何事もなく他の話題に移っていきました。

何も問題が起きないですみました。

私は自分の気に入らないことについて、

黙って、私の意見が違うことを伝えなくてもいいのだと知りました。



今までの私は、私の気に入らないことがあれば、口を出さずにはいられなかったようです。

…なかなか面倒な人間ですね。

夫、ご苦労さまです…。

ちょっと変わろうと思います。

私と夫では、意見が違うことがあります。

でもそれは、違っていたってそれだけでは問題はないのです。

実際に一緒に何かに取り組むときに、目標の一致が取れるのであれば、協力できるのであれば、

何も問題ないのです。



要するに、課題の分離と、「私の意見を言っていいですか」というパセージ3章のところです。

そう気づいて、母の家で子どもたちと接していると、

まだまだ私は子どもたちの課題に介入しがちであることにも気づきました。


明日からも実践頑張ります。