おばけなんてないさ

夜勤の仕事だった。

ゴミを集めたり事務室の掃除をしたり、施設内の消毒をしたり、

あとは金庫管理とか諸々の事務作業をしたり、

22時に消灯と施錠、それから深夜0時と朝の6時にも見回りをする。

 

0時の見回りは、緑の非常灯がぼんやり浮かび上がるだけの真っ暗な中、

3階まで階段を上がって、廊下の隅々まで見回る。

いつも、ちょっと緊張する。

3階のエレベーターホールに通じる角を曲がった。

「うわーーー!!!」

白い塊が動いて、私は飛び上がった。

「ちょ、ちょっと!シー!静かにしてよ!静かに!」

Xちゃんも飛び上がった。

「ちょっと何やってんのー!?」

「もう、静かにして 笑」

「あー怖かった〜!もう!ふたりとも!ちょっと降りといで。」

笑い転げる不良少女ふたり。

「静かに!」

「はーい」「はーい」

クスクス笑いながら、私の後についてくる。

 

事務室横の保育室の扉を開けて、どうぞと私は彼女たちをエスコートした。

笑いながらお辞儀して保育室に入ってくるふたり。

長椅子に仲良く並んで腰掛ける。

私は彼女たちの前に椅子を持ってきて、わざと足を組んで、腕組みして、どかっと座る。

私「ほんまに怖かったんやから。びっくりしたー。」

Xちゃん「え〜、マジでビビった? 笑」

私「当たり前やん!こんな時間に人がいるわけないもん。夜の見回りただでさえ怖いのにー」

Xちゃん「あはは。夜勤怖いの?」

私「そりゃ怖いよ。ひとりだし。でもだんだん慣れてきたなってとこだったけど」

Xちゃん「ふーん、そうなんだー」

私「でもさ、誰もいるわけないのに、Xちゃん白い服着てるからぼおって浮かび上がって見えて、うわーって思ったら、横からぬってYちゃんの黒い影が出てくるし、二段階でびっくりしたよ。3年ぐらい寿命縮んだわ。」

ふたり「えへへ」

私「何してたの?」

Xちゃん「あのな、でも、ちょっと聞いて!あのな、ちょっと大変なことがあって、今さっき集合したところだったの。で、集まった瞬間に、Mさんが来たの。」

Yちゃん「うん。相談してたの。」

Yちゃんがスマホで誰かとやり取りしている様子。

Xちゃんは今、お母さんから携帯を取り上げられている。

さっき集合したところというのは、その通りだろう。

つい15分ほど前に、ふたりの居室の内線が一瞬通じていたのを私はチェックしている。

事務室には内線監視機能まであるのだ。これは職員内だけの秘密だけどね。

私「あのね、何回も言うけど、22時を超えたら、居室から出ないでください。職員の寿命が縮まります。」

ふたり「わかった 笑」

私「お母さんは?こんな時間にいないの気づいたらびっくりされるでしょ。」

Yちゃん「え、寝とる。」

Xちゃん「ママに行ってくるって言ったもん。」

私「え?じゃあお母さんにも話ししなきゃだわ。」

Xちゃん「わかったー。でもお願い、今ちょっとだけで終わるから、これ大事なことなの、させて!」

じっと私を見つめるYちゃん。

私「…いいですよ。どうぞ。」

Xちゃん「ありがと!」

ほっとため息をつくYちゃん。

 

私は事務室に戻り、不良少女を現行犯逮捕してお説教をした、と日報に打ち込んだ。

スマホで用事を済ませるのを許容したことは、書かない。

禁止したってどうせするもの。

それなら、どうぞと言って今の間に手早く終わらせてもらう方がいい。

でもそんなこと、他の職員さんたちには通じないだろうから、私だけの秘密にする。

 

10分経った。

「もう、ちょっとの時間が経ちましたよ。」

「わかった!」

ひとつのスマホを覗いてあれこれしていたふたりは、急いでメッセージを送っている様子。

ちゃんと終わらせようとしている。私との約束を守ろうとしてくれている。

嬉しいなと思った。

本当に、全然悪い子たちじゃないと思う。

行動は不良だけどね。

「では、お部屋までお送りします。おばけじゃないならお帰りください。」

笑うふたり。

「じゃあ、もしおばけだったらどうするん?」

「んー、おばけだったらどうしようね。もしおばけだったらどうしたらいいんかな?」

考え始めた私を見てまた笑うふたり。

 

「あのね、スマホで何をしてたか聞いてないのは、できるだけ寛容でいたいと思ってるからなんだよ。」

「どういうこと?」

「次こういうことがあったら、スマホで何をしてるのか聞かなきゃいけなくなるよ。」

「え!?それはマジでやばい!!ムリムリ!」

「でしょ。だったらいい子になってください。」

「うん…」

「おやすみなさい。」

「バイバイ!」

ふたりは手を振ってそれぞれの部屋に入っていった。

 

 

不良少女たちと、仲間でいられた気がする。

職員としての任務も、まあまあ果たせた気もする。

ちょっとずつちょっとずつ、彼女たちが適切な行動を選べるように、勇気づけていきたい。