意味はなくとも

疲れているのに、夜更かしをしたい気分。

嬉しかったことは、おやすみなさいを言ったら会釈で返してくれていたあの利用者さんが、初めておやすみなさいと言ってくれたこと。

そんな小さな変化が、私にとっては大切だ。

 

昨日と今日だけで、Sちゃんとのパセージ実践エピソードがいくつもある。

彼女の言いなりにはならず、彼女に言い聞かせることもしなかった。

彼女がすべきことをできるまで待ち続けたり、

彼女がマナーを守って過ごせるようになるまで遊びを中断したりした。

彼女はとても不機嫌になったけれど、気持ちを切り替えて、私に遊ぼうと声をかけてくれた。

2日とも、ふたりでピアノでたくさんの曲を弾いたり歌ったりして遊んだ。

2晩とも、彼女をお風呂に入れた。

2晩とも、彼女の髪を乾かしてあげた。

Sちゃんのこと大好きなんだよって、伝わっていると思う。

私は他の大人よりもとてつもなく厳しいところがあるだろうけれど、

私はあなたに学んでもらいたいことがたくさんあるからなんだよ。

あなたが泣いたり怒ったり叫んだりしても、私を変えることはできないと気づいてきたでしょう。

私がSちゃんに真剣に向き合うことが、どれほどの意味があるのかわからない。

でも、私は私の知る限りの良いと思うことを、Sちゃんに対してしてあげたいと思う。

それは、他の職員のみなさんからすると良いことではないことも含まれていると思うけれど。

 

 

 

歯医者に行く前に、近所のお友だちの家で遊んでいて、歯医者から帰ってからも遊びに行く約束したんだってSちゃんは言った。

歯医者に早く行こうと私を急かした。

歯医者が終わったら施設に帰らずに、友だちの家の前で車から降ろしてと言われた。

ごめんね、申し訳ないけど施設に一度帰って、それからお友だちの家に遊びに行ってね。と私は答えた。

Sちゃんはひじょうに不機嫌になった。「なんでよ。それじゃ間に合わないじゃん!5時に約束してるのに!」

予約時間の4時半よりも前に着いて、患者さんはほとんどおらず、予定時間よりも早くに受診が終わった。

早く帰らなきゃ早く早く、と、待合室の椅子の上でSちゃんはバタバタしていた。

会計が終わって、今何時?とSちゃんは聞いた。

4時55分だよ。と答えると、「もう約束に間に合わない〜」と泣き始めた。

さあ帰ろう!急ごう!と私が駆け出しても、「友だちの家で降ろしてよ〜間に合わないじゃん!」とぐずぐず泣いて、だらだら歩いている。

 

子どもってどうして、あと少し頑張れば間に合うかもしれないというところで、急にぐずぐずし出すんだろう、と私は不思議に思った。

私の次男もそうだ。あと少しで間に合わなくなってしまう、という状態が彼のやる気を著しく減退させる。

Sちゃんも同じなんだなと気づいた。

 

私は振り返り振り返り、Sちゃんを待ちながら駐車場へと向かった。

のろのろと歩くSちゃん、とうとう公園の入り口で立ち止まり、動かなくなった。

私は生垣の段差に腰をかけて、Sちゃんに視線を注いでいた。

おじいさんに道を聞かれた。私の後ろにはこの辺りの地図がある。

さあ、Sちゃんは何分ここで粘るのだろうか。

うちの子たちはすごかったぞ。次男は1時間、長男は2時間だった。

おかげさまで私も鍛えられた。何時間でもここでにこにこと待ってやる。

うずくまったり、地面を触ったり、手すりにぶら下がったり、チェーンを鳴らしたり、ありとあらゆることをやってみるSちゃん。

私が声をかけるのを待っているんだね。

「ほら、早く行こう。ちょっと遅れてもまだいっぱい遊べるよ。」

「わかった、お友だちのお家で降ろしてあげる。今日だけだよ。」

「ここでそんなことしてても遅くなるだけでしょ。ほら、抱っこしてあげるから。」

そういうこと、きっと多くの大人たちが言ってきたんだろうね。

でも私は絶対に言わない。

さっき道案内したおじいさんが帰ってきた。

「今日は閉まっとりましたわ〜」「そうでしたか、残念でしたね。」「ありがとうございました。」「いえいえ。」

こんなにこんなに不適切な行動をしているのに、私に何も声をかけてくれない上に、見知らぬおじいさんと話ししてる、って思ったのだろう。

Sちゃんはますます不機嫌そうに、チェーンをガチャガチャ鳴らした。

 

サリバン先生のことを思った。

ヘレン・ケラーの家庭教師。

どれほど、自分は無駄なことをしているなあって、あきらめかけただろうかと思う。

甘やかされ、責任をとるということを学ぶ機会を奪われている子どもたち。

Sちゃんの横暴さは、いつも大人が彼女の課題の肩代わりをしてきたことによると思う。

あなたの友だちとの約束は、あなたが果たすべきことだ。

私があなたを急かすのは違う。私はある程度の時間、あなたと付き合うことができる。

18時になったらさすがにみんな心配するだろうけれど。どこかの時点で連絡をした方がいいと思うけれど。

 

Sちゃんは30分近くぐずぐずし続け、ゆっくりと私の方へ歩いてきた。

私は立ち上がり、黙って手を差し出した。

Sちゃんは首を降って、もう少しふにゃふにゃと声を出した。キーって声を出した。

私は黙ってにこにことSちゃんを見つめていた。

気持ちを切り替えようと頑張っている。自分で歩かなきゃいけないんだってわかっている。

がんばれ、Sちゃん!

30分粘ったのも、根性あって私は素敵だと思うよ。

 

うなだれたまま、Sちゃんはゆっくり歩いて車に乗った。

私は発車させない。

「シートベルト締めてね。」

「…締めてる。」

締めていないけどSちゃんはそう言った。

私は黙って待った。

ふにゃふにゃと声を出して、Sちゃんはシートベルトを締めた。

「はい、ありがとう。帰りましょう〜」車を発進させた。

施設に着いても、Sちゃんは降りようとしない。

「ここで降りる?それとも車庫入れする間もう少し乗っておく?」

「もう!じゃあ降りる!」

Sちゃんは不機嫌に降りて行った。

もう17:35。

Sちゃんは施設の庭で遊んでいる子どもたちに混じって、楽しそうに遊び始めた。

その後、どうなるのかなと思っていたけど、

私とふたりでお風呂で楽しい時間を過ごしてくれた。

切り替えるのが上手な子だ。とてもありがたい。

 

…Sちゃんは、どんなことを学んでくれただろう。

 

私のこの対応について、歯医者から帰る時間が遅くなってしまったので、概要は日報にあげた。

でも予想していた通り、過保護過干渉な先輩職員さんからは

「お疲れさま。でもそんなの、置いて帰るでって言って、車に乗せたらいいんよ。」と言われた。

そう、それが嫌なんだ。

どうにかしてそうじゃない、子ども自身が自分で決めて良い選択をできるように、あたたかく協力的に援助したいと思っているんだ。

でもそんなこと、アドラー心理学を知らない人に伝えるのは、そういう育児がいいものだって思い込んでいる先輩に伝えるのは、今の私はする気が起こらない。

無謀すぎて。

 

 

 

多分、私が愚かなんだと思う。

Sちゃんにとってどれだけの意味があるかわからない。

Sちゃんどころか、中学生女子たちの対応についても、もっとあからさまに先輩職員さんから注意を受けた。

共有スペースなどの使い方について、明らかに悪いことをして逃げようとして、

私と鉢合わせした女の子に対して。

黙ってじっと目を見ると、気まずそうな顔をした。

私はその話題には触れず、「ご飯は食べてないの?」と聞いた。「うん。」

「食べ終わったら薬飲みにきてね。」と言った。「はい。」

そのことを報告すると、

あの子たちが悪いとわかってやっていることでも、何回も繰り返して、ダメでしょ、って言い続けなきゃダメですよ、と言われた。

仕事をしている感は、それが一番あるだろう。でもそれは権力争いを悪化させるだけだ。

お説教は関係を悪化させる。

話をするなら、お互いに冷静で、話し合ってもいいと了承を得てから出ないと、

特に中学生は、絶対に、建設的な話し合いなどしてくれない。

でも、ほんの少し抵抗を示したけれど、結局「はい、以後気をつけます」と私は言った。

 

その後上司に、全て報告した。

「そうだなあ。悪いってわかってるよね?って釘刺すぐらいはしておいた方がいいな。」と言われた。

「でも正直、どうしたらいいのかは相手によって違うと思うし、俺も手探りしてる最中。

対応したことをああやって日報に残してもらえたら、みんなで検討できるから、まずはそれでいい、それから考えていけるから。」と言われた。

「まだみんな手探りなところがあって、統一できていない状態だからな。Mさん、難しいと思うよ。あの人はこう言ってましたけどこの人からはこう言われましたとか、言いにくいだろうしなあ。」

「何が良いことかって考えるよりも、何がしてはいけないことかっていうのを押さえることが大事だと思う。そこから考えたら、反対側にあるすべきことも見えてくると思う。」

勤務時間超えていたけれど、上司は私を労いながら、話をしてくださった。

 

 

私の良いと思うことは、クレイジーすぎるんだろう。

どうやって仕事と折り合いをつけていけばいいのか、わからない。

でも、先輩が良かれと思って一生懸命にされているのもわかるし、

上司がこのように私にまっすぐに向き合ってお話ししてくださることは、とてもありがたく思う。

 

密かに私は私の良いと思うことを続けていこう。

良い職員にはなれなくていい。

看守と囚人の構造は、やはりどうしても壊せないようだ。

そんな中で、私がサリバン先生になれるわけもない。

私にはここで何ができるんだろう…