喜んで

今日は次々と任務が降ってくる日だった。

学校の送迎業務が3つ。そのうちひとつは、帰所した瞬間にUターンして急遽迎えに行くことになった。

会議で私の担当の子どもさんについての報告(モニタリング)。その後、報告文書の入力の仕方を先輩に教えてもらって作成。

預かりの女の子たちに一緒に遊んで欲しいと言われて、ごっこ遊び。

ピアノのレッスンを見ていて欲しいと言われて、レッスンの見守り。

耳に何か詰まったと言う低学年の子を、急遽耳鼻科へ受診付き添いと送迎。

事務所にいる間は次から次へと電話がかかって来て、何人かの学校の先生ともお話しした。

塾の時間を間違ってお知らせしていたために、居室と塾の部屋と事務室とを駆け回ったり。

そして最後は、調理室の片隅で腐敗してしまっていた玉ねぎの処理!

いっぱい働いた!

 

 

任務をこなす度に、ほとんどの場合は日報にあげなければならない。

だから次々任務が降ってくると、次々日報も書かなければならなくて、

その日報が書かれていない間に、また次々とその続きのまさかの展開が起きたりするので、

情報共有と連携プレーが秒速で行われたりする。

今日はどの職員さんもバタバタで、今日は何でこう次から次へとやってくるんだろう?ってみんなで笑っていた。

複雑な状況説明の日報を書いているとき、何かの拍子に消えてしまったりして、普段はしっかり者の上司が凹んでいたり、みんなで慰めたり、

何かが起こる度に、私も仲間だなって思えることが増えていく。

急遽入る送迎業務は、よし、Mさんお願いします!と、私を使っていただけるようになったので、行って参ります!と喜んで出動している。

この職場は、気持ちよく働く人たちが多い。

大変な現場だけれど、楽しいこともたくさんある。

今日も大変だ!頑張ろう!っていうパワフルな職員さんたちから、私も元気をもらう。

 

境界に落ちている仕事を、私はけっこう拾うタイプなので、それ故に可愛がってもらっているんだと思う。

玉ねぎの処理とか、宿直室のお風呂掃除とか、ペーパータオルの補充とか、野菜の水やりとか、誰がするとも決まっていない仕事が、毎日山のようにある。

こういう些細だけれど必要な仕事は、私はけっこう好きみたいだ。

お役に立てているって、自分ではっきりわかるからなんだろうな。

 

 

送迎業務もとても楽しい。

今日は急遽、自閉傾向や時間的なこだわりが強いと言われている中学生の男の子のお迎えに行った。

人と接するのも苦手な子なので、私は今まで挨拶以外はほんの一言二言、話したことがあるぐらいだった。

遅くなってごめんねと言うと、いや、ほとんど待ってないですよ大丈夫です、と笑顔で応えてくれた。

それから帰所するまでの間、ずっと話してくれていた。

今日は社会見学で博物館の恐竜展に行ったそうで、感想を話してくれた。

ー本物の化石かと思ったらレプリカだったから一気に興味無くしたわ〜

本物だったらちょっとワクワクした?

ーうん、やっぱり本物だったらね。でもレプリカじゃあな。

私もこの前行ったけど、でもよくこの博物館でこれだけ集めれたなって思ったよ。 

ー確かに頑張ってはいたと思う。でもなんか中途半端。まあ、涼しかったからそれだけは良かったわ〜学校も暑い。だから涼しいのは良かった!

中途半端か〜。子どもは恐竜ってだけで大喜びだったけど、そうだね。大きい子たちにはねえ。

ーそうそう、途中で小さい子たちがいっぱい来て、ガイドさんの話全然入ってこんかったわ!

そうだったんだ。小さい子たち賑やかだった?

ーわーわー言ってたよ。まあ、微笑ましいっちゃ微笑ましいんだけど。でも全く集中できんかった(笑)

グチのようだけど、彼の真面目さとか優しさとかが感じられて、とても楽しくて嬉しい時間だった。

関わるのは苦手なんだろうけれど、彼が小さい子たちにとても優しいのを私は知っている。

一緒にサッカーで遊んであげているとき、とても細やかに気を配っていた。

控えめで繊細なんだけど、家族にも他の人たちにも、色々な気配りのできる優しい子だ。

その彼の素敵なところを、どうやって彼に伝えたらいいのかはまだわからないけれど、

私が彼と楽しく会話ができるようになったのは、一歩前進かなと思う。

16時過ぎが下校時間の、平日の、12時過ぎの出来事だ。早退だ。ちなみに遅刻して行っている。

でも、彼は今日は学校に行けた。そして新しい体験ができた。そのことを、私に伝えてくれた。

なんて素晴らしいことだろう!

私は心からそう思えてしまう。

 

 

どの子も、「ありがとうございました!」って言って笑顔で車から降りてくれる。

お行儀良くて、可愛いなあ、いい子たちだなあって思う。

私は必ず「シートベルトをお締めくださ〜い」と言い、全員がきちんと締めるまで絶対に発車しないので、

はじめの頃は「何で締めんといけんだ?別にいいし!」とか言っていた子たちも、

私が運転するときは「シートベルトもう締めたで!」と報告してくれるようになった。

なんて素晴らしいんだろう。

「え?もう締めたの?ご協力ありがとうございま〜す!では出発!」と言って、私は発進する。

本当に小さな小さなやりとりが、そこで気付ける子どもたちの成長が、私にはとても楽しくて嬉しい。

 

初心者マークつけてる私の運転、嫌じゃないかなと思っていたんだけど、

もちろん安全運転しているので安心して乗ってくれているというのはあるだろうけれど、

大人である私も練習して頑張っている、ということを子どもたちは嬉しそうに見守ってくれる。

「Mさん運転できるようになったんだ!」って喜んでくれたり、

「この道狭いけど、初めからMさん通れた?」と聞いてくれたり。

「通らないといけないから頑張ったよ。いっぱい練習したよ〜。」と言うと、みんなにこにこ聞いてくれる。

大人は何だってできるみたいな顔しているけど、みんな初めは何も上手にできなくて、失敗をいっぱいして、やっとできるようになったんだよって、

不器用な私の様々な日々の奮闘を見ながら、子どもたちは学んでくれているのかな。そのことに勇気づけられているのかな。

もしそうなら、私は不器用で良かった。

大嫌いだった自分の不器用さが、少し愛おしく思える。

きっと不器用だから、一生懸命さでカバーしようとしたんだな。私は。

諦めたり人のせいにしたりせずに、努力して人並みにできるようになろうとしてきたんだ。

…ここで出会う子どもたちのおかげで、それから職場のみなさんのおかげで、私は自分に対しても良いところを見つけられるようになったかもしれない。

 

 

 

夕方、学校でお昼に友だちと遊んでたら耳の中に紙屑が詰まって、さっき取ろうとしたら奥に入っちゃってどうしようって言ってきた低学年のSちゃん。

「もう!何で早く言わないの?」と、お母さんのような職員さんが「ちょっとこっち来んさいな」、と

Sちゃんを膝枕して、

数人で耳の中を照らしたりピンセット持ってきたり色々したけど、

これは我々にはどうにもできないと判断し、耳鼻科を受診することとなった。

 

行ったことのないちょっと遠い耳鼻科へ、車で送迎する役目を仰せつかった私。内心ドキドキ。

取れなかったらどうしよう…と不安になっているSちゃん。

ドキドキの2人は無事に目的の耳鼻科へ、受付けが終わる15分前にすべり込んだ。

「子どもはよく鼻の穴とか耳の穴とかに、どんぐりとかレゴとか色々詰めちゃって病院に行くものだよ。お医者さんにちゃんと取ってもらえるから、大丈夫だよ。」

Sちゃんを膝枕して、髪をなぜながら言った。

Sちゃんは「良かった。」と言った。

「鼻の穴なら、詰まったのすぐわかるけどね。」と言うと、

Sちゃんは鼻の穴にどんぐりが詰まったところを想像してみたのだろう、ちょっと笑った。

「耳の中はわかんないから、教えてくれて良かった〜。」

「ほんとだね。」Sちゃんはちょっと神妙な顔をしてうなずいた。

「でもさ、お医者さんが間違ってSちゃんの耳ちぎっちゃったらどうしよう…」

「大丈夫。今のお医者さんはすごくいい機械も持ってるし、細いピンセットも持ってるし、上手に取ってくれるよ。」

「うん…」

 

診察室に入ると、お腹を押さえるSちゃん。緊張が極まっている。がんばれSちゃん!

初老の優しそうなお医者さまが、笑いをこらえながら、どっちの耳かな?と尋ねられた。

こっち、とSちゃんが耳を見せた。

「はいはい、ああ、ありますね。取りますよ〜。動かないでね。」と、細いピンセットを手に取られた。

Sちゃんが、目をつぶって、ギュッと私の手を握った。がんばれSちゃん!

「はいはい、これですね。」小さな白い紙くずが先生の手の平に乗っていた。

わあ!とSちゃんは目を丸くしていた。

「鼓膜に傷もついていないですし、もう大丈夫です。はい、お疲れ様でした。」

にこにことお医者さまは仰った。

 

「取れて良かった!よく聞こえるようになった〜!」と、にわかにSちゃんは元気になった。

「早く帰りた〜い!Sです!名前早く呼んでくださ〜い!」

いつもの賑やかなSちゃんに戻っていた。

「これからはどうする?」

 「え〜わかんない」

「お耳に何か入れたらどうなるかわかった?」

 「うん。(笑)でも友だちが入れたの」

「そっか。じゃあ耳に入らないようにできる?」

 「…うん。」

「もし入っちゃったら、早めに教えてね。ちゃんと取れるからね。」

 「うん!」

 

 

ありふれた日常。失敗ばかり、まさかの出来事ばかり。

そんな細々した事件のひとつひとつを、たくさんの人たちに支えられて乗り越えて行く。

たくさんの人たちとの繋がりの中で、子どもたちも私も生かされている。

色々なことを思うけれど、

ここはあったかいなあって、思った。

この職場も、この土地に生きる人々も。