輝かしい日常

今日は午後から勤務だったが、初めての任務ばかりだったし、かなり忙しかった。

他のスタッフもみんな今日はバタバタだった。予定がびっしりだったのに人手が少なかった。

それが本当に利用者の自立に向かうのかどうか疑問を抱くような職務も多い中、

今日のように必要とされる任務をこなすのは、迷いなく遂行できて気が楽だ。

しかも、とても楽しくて幸せな時間だった。

 

 

1歳なりたての小さな子のお相手がまず最初の任務。

体調不良とのことで、施設で病児保育のような預かりを行っていた。

早番の保育士さんから引き継ぎ、お気に入りのおもちゃで熱心に遊ぶのを隣に座って一緒に楽しんだ。

30分近く熱心に遊んでいると、だんだんとまぶたが重くなってきて、だんだんと私の側に近づいてきた。

何となく私にもたれかかってくる。

「抱っこ、しようか?」と聞くと、両手を広げた。

「よーし、抱っこ〜♪」

すぐに私の着ているパーカーのファスナーを研究し始めた。

「絵本読もうか?」と聞くと、お、いいですね、という感じで絵本を見つめた。

ゆっくり、言葉を繰り返して読む。

赤ちゃん用の絵本、食い入るように見つめている。色んなこと考えているんだろうね。

2冊目の最後の方は、もうええで、終わってくれ、もうええもうええ、という感じでページをぱたぱためくった。

絵本を置くと、とろんとした目をして私の胸の辺りをなぜている。

「眠たいですか?ねんねしますか?」と頭をなぜながら聞くと、こっくりとうなずいて、

私の胸に顔をぴたっとつけて、目をつぶり、寝息をたて始めた。

布団に寝かすと、目を開けたけれど、すぐにまた閉じた。

そのままぐっすりと眠っていた。

 

 

 

次の任務は、小学低学年のSちゃんの歯医者さん通院の送迎。

近くなので歩いて行く。

歩道にトマトが落ちているのを見つけて、急にしゃがみ込んで観察を始めた。

Sちゃんが靴の先でトマトを転がすと、無数のアリが集まっていた。

「あれー?トマトどこやトマトどこや〜」と私がアリにアテレコすると、きゃあきゃあ言って喜んだ。

「すっごいたくさんのアリ!トマト好きなんだね!」

甘いトマトなのかな、誰が落としたんだろう、とか言いながら、手をつないで歩く。

 「ねえねえ、お話聞いてくれる?」

「なあに?」

 「言ってもいい?」

「うん、どうぞ。」

 「あのね、とっても大事なお話なの。」

「はい!なんでしょう?」

 「あのね、あのね、…あ、忘れちゃった!」

「え〜(笑)思い出したら、また教えてね。」

 「うん。」

横断歩道は、「白いところだけしか踏んじゃダメだよ!」と大股でぴょんぴょん跳ねて行く。

はーい!と言って私も大股で歩く。

「次は、黄色いところだけ!」

はーい!と言って、Sちゃんの後ろについて点字ブロックの上を歩く。

Sちゃんはにこにこして、急に立ち止まったり、急に走ったりする。

私も黄色い道の上をついて行く。

信号の手前で、Sちゃんが点字ブロックから外れた。

「あ、Sちゃん黄色のところ歩いてなーい」と私が言うと、「そんな言い方したらいけんよ」とたしなめられた。

「じゃあ、どう言ったらいいの?」

 「あのね、黄色いところ歩いてもらえる?、だよ。」

「わかった。」

満足そうにSちゃんはうなずいた。

私が差している日傘を貸して、と言う。

どうぞ、と渡すと、ありがと、と満面の笑み。

しばらく普通に歩いていたが、

急に「きなんせきなんせどっこいせ〜♪」と小声で歌いながら、日傘を斜めにして上下させたり回したり始めた。

我が地域伝統のしゃんしゃん踊りという傘を使った踊りだ。

あまりに可愛くて、笑ってしまった。

きっと学校で練習しているんだろう。真剣な顔だ。

とっても余裕を持って出たから、予約時間よりも前に着いた。

大人が真っ直ぐに歩いて行ったら、多分20分の距離だけど、こんな風にたくさん遊びながら行ったから35分かかった。

診察室に一緒に入ると、うがいをした後、「あのね、出てくれる?」と言われた。

いつも診察室で一緒にいて欲しいって言われるからいてあげてください、と先輩スタッフから言われていたのだけど、

今日はSちゃん、大人になってみたいんだなと思った。

素晴らしいことだ。喜んで退出した。

帰り道、Sちゃんが柔らかい緑の葉っぱをちぎって、「これ、お守り。大事にとっておいてね。」と渡してくれた。

「ありがとう。じゃあ、お守り入れに入れとくね。」白ターラ様のカードを入れているポーチに、葉っぱを入れた。

「ちゃんと入れた?」「うん、入れたよ。」ポーチを覗き込んで、にっこりするSちゃん。

いいお散歩だったね、と手をつないで帰り着いたら、中庭で遊んでいる子どもたちが「Sちゃんだー」と声をかけてきた。

Sちゃんは振り向かず、遊びの輪に入っていった。

 

 

 

最後の任務は、SちゃんとSちゃんのお兄ちゃんのHくん(高学年)とお姉ちゃん(中学生)と一緒に、お母さんから預かっていた夜ご飯の準備をして食べさせること。

Sちゃんがご飯食べたい〜って言ったので、よし、とHくんと一緒に準備を始めた。

学習室の前を通ると、他の子たちが宿題をしていた。

Hくんは入っていって、友だちがわかんないって言っている国語の文章読み取りの問題にヒントを出している。

あ、そっか!と友だちが答えを出すと、Hくんも嬉しそうにしている。

学習室から出ると、真面目な顔をして私の方を向いた。

 「あのさあ、小学校とかのときにね、どんな勉強が得意だった?」

「え、私の得意だった勉強?」

 「そう。」

「私ね、国語が得意だったよ。」

 「国語かあ〜」

「Hくんも一緒じゃない?」

 「うん、国語得意かも。さっきの問題とかすぐわかったし。簡単だよ。」

にこにこしながら、扉を開けた。夕陽がHくんの頬を照り返す。

お鍋を火にかけるね、と言うと、

 「あのさあ、7時まで、学習室に行ってきてもいい?みんなの宿題みてあげる。」

「あ、みんなの先生しに行くの?」

 「そう!」

「いいよ。じゃあこれ、あっためとくね〜」

 「ありがとうございます!」

みんなのためにできること、見つけたんだね。なんて素敵なんだろう。

お鍋を温め終わって、私がSちゃんを呼んだりしている間に、Hくんがお皿に盛り付けていた。

お姉ちゃんはお疲れなのか、爆睡中。Hくんが一生懸命起こすも、起きず。

先に2人だけ食べようということになって、私もお弁当を一緒に食べた。

Sちゃんが今日の歯医者さんの行き帰りのお散歩のことをお兄ちゃんに話していた。

楽しかったんだよね〜、って言ってくれた。

お兄ちゃんは、アリってトマトの酸味は嫌じゃないのかな、とか、Sちゃんのお話を聞きながら、

ほら、残さずちゃんと食べなきゃ、とか、ああもう、こぼしたらティッシュでちゃんと拭いて!とか、Sちゃんのお世話を焼いていた。

私のお弁当包みの柄がトマトだ!って気づいてくれたり、玄米と白米について質問してくれたり、この前釣ってきたテナガエビはフライにして食べたんだとか、下水は流れた後どうなるかと考えたり、図工が好きなんだ、と話してくれたりした。

Sちゃんがまだ宿題やってないから、「ちゃんとやれよ」、とHくんが言った。

 「1年生の勉強なんか簡単すぎるのに、Sはまだやってないんだよー。あんなのすぐできるのに。」

「でも私、1年生の始め、『あ』がすごく難しかったな。」

 「確かに『あ』は難しい。」

「『ふ』とか、次どこ書いたらいいのか分かんなかったわ。」

 「うん、『ふ』も難しいなあ。」

神妙な顔をして私に同意するHくんを見ながら、Sちゃんはそうそう、とうなずいていた。

「ご馳走様でした。命に感謝!では、お皿ここに置いておきます。」とHくんは別の部屋に行った。

次はSちゃんがレストランごっこで、私に御馳走を振る舞ってくれた。

他のお姉ちゃんが来たので、女子3人で、Sちゃんのご馳走をいただきながら、好きな果物とかデザートの話をした。

そのうちSちゃんのお姉ちゃんのKちゃんも起きてきて、夜ご飯を温め直して食べてもらった。

最近困っていることについてKちゃんが話してくれた。

Kちゃんが「施設案内、読んであげる」、と言って、私のために読み上げてくれた。

時々わからない漢字を質問してくれたので、読み方を教えてあげた。

事務室には入ってはいけないので、隣の預かり室の入り口まで下がってくださいな、と言うと、

寂しいも〜ん、と言う。

こんなに近くにいて、どこが寂しいね〜ん、と笑うと、

だって寂しいも〜んと言って、私の背中にひっついてきた。

 

 

 

まったく、まったく、幸せな任務だった。

子育てをもう一度、させていただいている。

Kちゃんとは今まで挨拶するぐらいだったんだけど、今日、仲良くなれた。とても嬉しい。

どの子も本当に可愛くて、一生懸命生きていて、きらきらしている。

他の人のために、他の人が助かったり、喜んだりするようなことを、みんなそれぞれに探して、見つけて、そして相手に喜んでもらう、という体験をたくさんしているんだなって感じた。

小さなことでも、生活の中に、それこそ無数にそんな機会はあるんだ。

それらひとつひとつの小さな小さな貢献を、共に愛でていきたい。

一度きりの時間を、大切に過ごしていきたい。