職場では失敗ばかりの毎日である。
失敗と一言で言っても、バリエーション豊かに様々な失敗をやらかしている。
でも失敗が悪いというわけではないと思う。
4月は失敗するのを恐れるあまり、仕事を引き受けないで先輩方にお任せしていたことが多かったと思うが、
今はちゃんと私が仕事を引き受けて、失敗して、その後始末や再発防止の工夫をして、それらについての報告を挙げている。
今のところ、利用者さんに害を与えるような失敗だけはしていない。
それから、同じ失敗は繰り返していない、と思う。
(…よくもまあ色々な種類の失敗ができるものだ!)
スタッフのみなさんにはご迷惑をかけっぱなしではあるが。
私の失敗のフォローをしてもらえたことで、大事に至らなかったことも多々ある。
思い返せば、私が疑問をみんなに尋ねたことで問題発生前に回避できたことも多々あった。
ルーティンワークよりも突発事態と緊急対応の方がメインな職場なので、あまりマニュアルが役に立たないのだ。
マニュアルを作ったところで、例外の方が多かったりする。
そしてほとんどが、ひとりで対応する場面だ。
そのときそのときは、自分ひとりで引き受けて判断しなければならない。
その判断を間違ったことで、今日は失敗した。
学んだことは、判断に迷ったら、できる限り相手の方に少し待ってもらって、他のスタッフに相談してから対応を考えて、それから動くべきだ、ということだ。
わからないことばかりだった時は、それ(相手に待ってもらって、他のスタッフに教えてもらってから対応すること)ができていた。
少しわかることが増えて、できることが増えてきたからこその判断の誤りだった。
慣れてきた頃がミスしやすいという、よく聞くやつだろう。
失敗とはまた別に、うまくいかないことも多々ある。
というかほとんど全てのことがうまくはいっていないように思う。
(やたらにネガティブである。コロナワクチンの副作用だろう。1回目接種の後も2回目接種の後も、1週間程度気分の落ち込みが酷かった。)
夕方、学習室で、小学生3人が宿題をし始めた。
今日はなぜかひとつの机が教卓のように、他のたくさんの机に向き合って置いてあった。
Mくん(3年生)が教卓みたいな机のところに行って「はい、みんな宿題出せー!」と叫んで、筆箱で机をバンっと叩いた。
「はい!M先生!」とのるSちゃん(1年生)。「はい先生!」Rくん(6年生)ものる。
「先生もここで勉強するから、みんな、勉強しろ!」大きな身振りと大声でMくんが言う。
Sちゃんはキャーキャー笑いながら、「はい!M先生!」と叫ぶ。
学校ごっこの中で、いつもよりもみんな勉強する方に気分が向いていた。
素敵だなと思って、私もひとつの席に座って黙って見ていた。
特に、Rくんは登校しぶりがある子なのだ。でも今、楽しそうに生徒役をしている。
そして今、宿題に取り組み始めている。
するとSちゃんがくるっと振り返って私を指差して「先生!この人宿題出してないです!勉強何にもしてないですー!」と笑いながら叫んだ。
「なにー!宿題はどうしたー!」Mくんは笑いを噛み殺して私に向かって怖い顔を作る。
「…宿題忘れました。ごめんなさい。」と私。
「家ではやってきたのか?」
「やってないでーす。」
「ちゃんとやって来て、出すように!」
「はい!」
爆笑するRくんとSちゃん。
「あの、みなさん声を小さくしてください。お願いします。」
「そうだー!みんな静かにしろ!」と怒鳴るMくん。また筆箱でバンっと机を叩く。
「先生がうるさいです!」とRくん。
「ねえねえ、学校の先生ってこんなに怖いの?」と聞くと、「怖いで〜!」とMくんは言った。
そんなことをしゃべりながらも、それぞれが宿題を始めた。
Rくんが手を挙げた。「先生!Mさんに教えてもらいたいところがあります!」
私が席を立つと、M先生が「こら!勝手に歩くな!」と注意した。
「あ、Mさんは副担任なので。」とRくん。「じゃあよし!」とMくん。
お許しが出たので私はRくんの隣の席に座って、算数の質問に答えた。
え?本当?と言いながら、Rくんがこっそりと答えを見ようとした。
するとすかさずM先生が「こら!答えを見るな!ずるだぞ!」と注意した。
Rくんの顔が急激に曇った。
「先生!私もあやふやだったので、答えを確かめようとしてくれたんです。」
「そうか。確かめるんだったら、答えを見てもいいぞ!」とM先生。
ほっとした顔をして、Rくんは答えを確認した。
「本当だ、合ってる。じゃあこうやって約分したらいいんだね。」にっこりして、他の計算を見直した。
Rくん頑張ってるなあ、もう大丈夫だと嬉しく思って、私は自分の席に戻った。
SちゃんとM先生は宿題が終わったのか、飽きたのか、おしゃべりを始めていた。
「静かにお勉強するか、お勉強が終わったんだったら帰ってもらえますか?」と私は言った。
「今5分休憩だから!まだ勉強するから!」「私も先生になる〜!」きゃあきゃあ言っている。
困ったな、静かにしてもらわないと…と思っていると、
ガラガラガラっと扉が開いた。
「ここは勉強するお部屋です!勉強していないすっごい声が下まで聞こえてたで!ほら、Rちゃんの勉強の邪魔になってる!それより、Mくんなんでそんなとこに座ってるの?」
「え、最初からこうなってたで!」
「何のためにみんな前向きにしてると思ってるの!それはいけん!戻して戻して!」
慌てて机を移動させる私とMくん。
先輩職員さんに、みんなそろって怒られた。
嵐が過ぎた後、MくんとSちゃんは終わったから帰ると、すぐにつまらなそうに部屋から出て行った。
Rくんもそそくさと宿題を仕上げて、できた!と、出て行った。
楽しかったのにな。
これは、私は失敗とは思っていない。
私は確信犯的な悪さをしたのだ。
他の職員からしたら、私のしたことは明らかに不適切な行動だろう。
それがうまくいかなかった。
ああ、私が良いと思うことは、悪いことだ。
どうしようもない。
もう少しMくんとSちゃんが静かに、学校ごっこをしてくれていたらなあ。
支配的なMくんが、よく気のつくいいボスになれそうだってことも見えたし
反抗的なSちゃんが、いい子の生徒役を演じることもできるんだって知れたし
神経質なRくんが、周りを気にせず集中することもできるんだってわかったし
私をごっこ遊びの仲間に入れてくれたことがとても嬉しかったし…
今度は、途中で邪魔されないように上手に遊べたらいいな。
実は今日は学習室に入るより前、遊びの部屋で、MくんとSちゃんは喧嘩してかなり険悪になっていたのだった。
何があったのかは知らないけれど、お互いに対して怒っていた。
Mくんが同じ部屋にいる他の子たちに、Sちゃんのことは無視していいから、とか、Sちゃんにはおもちゃ貸さないでいいから、とか、意地悪を言っていた。
Sちゃんは大変気を悪くして、不適切な行動をたくさんし始めた。
Sちゃんは、他の子たちと一緒にカーペットの上に座ってビー玉転がしのルートを作っている私の膝の上に、猫のようにすっと入ってちょこんとおさまる。
そしてそのビー玉転がしのルートを何度も壊したり、ビー玉を取り上げたりした。
「不適切な行動に注目関心を与えない」というのは、死ぬほど難しい。
難しいけど、死ぬ気でやってみた。
だってこの不適切な行動に注目を与えてしまえば、Sちゃんはその手段でしか所属できないってことばかりを学んでしまう。
Sちゃんはいい子なんだもの。必ず、良い方法で所属することができるんだから。私はそのことをSちゃんに学んでほしい。
Mくんも、嫌なことを言って注目関心を得る方法が常套手段になっている。
でも、Mくんもいい子だから。照れ屋でよく気がついて優しいMくんが、その良いところで所属できることを学んでほしい。
そのためには、私は不適切な行動に注目をしないようにしたい。
一生懸命に作ったビー玉転がしのルートをSちゃんにバラバラに壊されてしまって、しかもビー玉まで全部取り上げられて、呆然としているFくん(2年生)とSくん(4歳)。
私も一緒に呆然とした。
3人で「あーあ」とため息をついた。
「…さっきよりもっとすごいの、作ろっか。」と私がつぶやいたら、「そうしよう!」とSくん。「いいで!」とFくん。
わがままで自分勝手って言われがちなこの2人の、素晴らしい寛容さと前向きさに心を打たれた。
2人とも、Sちゃんに目もくれずに、もう一度ビー玉転がしのルートを熱心に作り始めた。
するとSちゃんが2人を呼んだ。「ねえねえ、ジャンケンして、私に勝ったらビー玉あげる。Fちゃん、Sくんおいで。」
なるほどね。
「うん!」と素直に駆け出す2人。
「ジャンケンに勝ったのにSちゃんビー玉くれなかった。」と帰ってくるFくん。
「Sちゃんにもらった〜」と走ってくるSくん。
「Sくん、それFちゃんにあげたらだめだからね!」と後ろから叫ぶSちゃん。
なるほどね。
私にはSちゃんの不適切なところばかり見える。
そうやって仲良く遊んでいたFくんとSくんの間に諍いを作るのは、確か仏教的にあかんやつだぞ。
でも、ということは、私はこのSちゃんの行動に対しても、注目を与えることはしてはならないということだ。
Sちゃんは私の膝の上に、度々やって来てはちょこんと座る。
まるでここは自分の居場所だと決まってでもいるかのように。
小柄なSちゃんがするりと抜け出して別の場所に行っても、私はしばらく気づかなかったりする。
前を向いているからSちゃんの表情はわからない。
でも私の膝の上を気に入ってくれていることはわかる。
散々不適切な行動をした後、Sちゃんがねえねえ、と私に話しかけた。
Kくん(2歳)のお母さんの荷物を指差して、「これ、Kくんのお母さんのだから、渡しに行こう!一緒に来て!」と言う。
「ありがと。でもね、このお荷物は置いてるだけなんだって。すぐ取りに来ますからって言ってたから。」と応えると、
Sちゃんは「そうなんだ。」とちょっと寂しそうに別のところへ行った。
そしてまたFくんとSくんからビー玉を取り上げていた。
Kくんのお母さんが戻って来られたとき、Sちゃんもやって来た。
SちゃんはKくんのお世話をしてあげるのが好きなのだ。
そうだ、この機会を逸してはならない!
「さっき、Sちゃんが、このお荷物Kくんのお母さんに渡しに行こうって言ってくれたんですよ〜。」
「えー!そうだったんですか。Sちゃん、ありがと!」
「Sちゃんって周りをよく見てくれていますよね。」
「ほんとですよね。ありがとね〜」
Sちゃんは、黙ってはにかんで、とっても可愛らしくまばたきをしていた。
私は、求められる仕事をいつまでたってもまっとうできないかもしれない。
「不適切な行動に注目関心を与えずに、適切な側面に正の注目を与える」
なんて、とてつもなくクレイジーだ。
でも、私はそれが良いと信じている。