昨日はアドラーの著作のオンライン抄読会、
今日は新しく始まるオンライン勉強会の打ち合わせ。
私のPCトラブル(ビデオが映らない)でオンライン勉強会の始まりが遅れてしまって申し訳なかった。
進行係だというのに…。
ただ、こちらの状況を伝えることはできていたので、最小限のご迷惑ですんで良かった。
結局PCをあきらめて、スマホから参加することにした。
オンラインだとこういうアクシデントがつきものなので困る。
特に私はPC関係が大変苦手なので、とても困る。
今まではPCに強い元夫に頼りっぱなしだったが、ひとり暮らしなので自分でどうにかしなければならない…。
ちなみに現在もビデオは映らない。
昨晩のオンライン抄読会でPCのビデオの調子が悪くて、オフにしてから、戻らなくなってしまった。
調べたところ、とりあえずソフトウェアのアップデートをすべしとのことだったので、アップデートしているところだ。
(なので今日はスマホでブログを書いている。)
そういえば、肝心なときのアクシデントが最近すごく多い。
就活中、最終の面接に行く日の朝、雪が積もり過ぎて、バスが30分以上遅れたことがあった。
バスを2本乗り継いで行く予定だったのだが、1本目が遅れたので2本目のバスは乗れなくなってしまった。
50cmほど積もった雪の上を、吹雪く中を、別のバス停まで30分ぐらい歩いて、そこからバスに乗って、ターミナル駅まで行って、タクシーに乗り換えて行った。
結局予定より40分も早くに着いた。
すごい雪の日にわざわざすみませんね。別の日に来てもらった方がいいかなと思って、お電話するところだったんですよ、と言っていただいた。
1月から2月にかけて、自動車の運転をするために教習所に通っていたのだが、
最後の実技試験の日の朝、送迎バスが10分経っても来なかったこともあった。
教習所に電話してみると、バスの運転手さんが私の予約を忘れていたようで、違う経路で教習所へ着いてしまったとのことだった。
すぐにお迎えに向かいます!と言われ、
その運転手さんが、すみません!と急いで迎えに来てくれた。
試験頑張ってくださいね、と応援してもらった。
結局受付時間ギリギリに到着できて、無事に試験を受けられた。
どちらのときも、
以前の私だったらすごく不安になっていただろうなと思いながら、
冷静に代替案を考えて対処している自分に驚いていた。
感情を使わないということに慣れてきた。
吹雪の中を待ったけれど、優しい人たちとの交流が私をあたためてくれた。
私になんとかできることの範囲は、極めて狭いという現実を受け入れられるようになったようだ。
雪国の人の忍耐強さだろうか。
雪が積もったら仕方ない。バスが遅れたら仕方がない。
それでも私になんとかできることもあるはずで、代替案を探すこともできるし、誰かに相談することもできる。
本当に私が世界に必要とされているのなら、無事に面接する会社に着けるだろうし、無事に試験を受けられるはずだと思えていた。
もしもそうでないのなら、今日はそういうご縁ではなかったのだろうとあきらめよう、と思えていた。
多分、あの日の面接は別の日に延期してもらえただろうし、あの日の試験も次の日に延期して受けることができただろう。
それはそれで良かったんだろうと思う。
いつだって、必ず選択肢があるんだと、本当に思う。
そう思えていると、あまり緊張しないでいられて、そうすると、周りの人たちのあたたかさを感じることができる。
私はここで生かされているんだなあとありがたく思う。
今日は、小さなお友だちと久しぶりに会った。
私の自助グループで、お母さんと一緒にアドラー心理学の勉強をしたいと伝えてくれた。
その一言で、全てが報われたように感じた。
私が今までアドラー心理学を学んできたことには意味があったのだと思えた。
私はこうして生かされている。
PCは何故か「アップデートを確認中」のまま動く気配がない。
よくわからないけど、変なことはしていないので悪くなることはないだろう。
調べたり友だちに聞いたりして、なんとかできるだろう。