織物

昨日は久しぶりに大切な友人とゆっくりおしゃべりをした。

今日はオンライン事例検討会だった。

 

私は広く浅いおつき合いというのがたいへん苦手だ。

私が親しくなる人というのは、その人と私とのふたりだけの物語を作れる人のこと、なのかもしれない。

私の親しい人たちとの集まりも、とても心地がいい。

それは幾重にも幾重にも重なった、「私とあなた」の累乗になる。

 

パセージもそういう構造なのかもしれないと思う。

課題シートで、あるいは勇気づけカードで、私はひとりひとりのメンバーさんと、ふたりだけの物語を作っていく。

章が進むごとに、「私とあなた」の物語がどんどん他の「あなた」たちにも共有されていって、「私たち」の物語になっていく。

それと同時に、メンバーさん同士の物語も、幾重にも幾重にも重なっていく。

 

同じ地域で、同じ生活圏で暮らしている治療共同体のメンバーさんたちとは、

自助グループやパセージを離れた様々な場所でも、おつき合いがある。

そこで私たちが作る物語も、メンバーさんどうしが作る物語も、

少しずつ少しずつ、共に成長して、より良い物語になっていっているのを感じる。

 

オンラインの勉強会のメンバーさんにしても、そうだ。

みんな、もともと共にアドラー心理学を学ぶ仲間たちで、

ひとりひとりと私は、それぞれのふたりだけの物語がある。

そしてみんなが、野田先生とのふたりだけの物語を持っている。

私たちはいつも、その物語を互いに共有し合う。

 

人間関係って、そういう一対一の累乗でできているんじゃないだろうか。

みんなという漠然とした関係なんて、本当はないんじゃないだろうか。

同じ場で息をして、言葉を使って、同じものを見て考えて触れても、それだけでは関係は生まれなくて、

そこで互いに言葉と心を通わせてはじめて、関係が生まれるのではないだろうか。

私は人付き合いが苦手だから、そんな風に考えることで、少しだけ人付き合いが楽になってきたように思う。

 

 

「私とあなた」の物語を作るのは、それは私の所属の仕方だ。

放射線状に、「私とあなた」との関係は広がっていく。

そしてそれぞれの物語は、いつだって新しく作っていける。

たくさんの物語の連なりと重なりで、私の人生は作られている。

なんてしあわせなことなんだろうかと思う。

私はこんなにも、人々の中で生かされている。