ボディ、マインド、ソウル

今日は野田俊作ライブラリのオンライン勉強会でした。

 

一昨日から続けている五体投地で、ただいま腹筋が筋肉痛です。

心身共に健康になるような気がします。目的が違う気もしますが…。

明日はコーラスの日だけど、しっかり声が出そうで楽しみです。いや、この目的も違いますが。

 

私は今まで身体を使うということを意識せずにきたのです。

楽器、上達しなかったわけです。

いつもマインド、頭の中だけを忙しくさせていました。

ときどき、ソウル、魂で何かに触れることもありました。

でも、何かを為そうと思えば、ボディ、身体を使わなければなりません。

 

たとえばこのブログを毎日書くということも、これはボディのレベルの訓練だと思います。

コーラスで歌を歌うことも、

カウンセリングやパセージや自助グループの定例会等をすることも、

子どもたち相手にパセージの実践をすることも、

これらはどれだけ一人で考えて勉強しても上達しない、ボディのレベルの訓練が必要なのだと思います。

そのことを、アドラー心理学はお稽古だとか、一人では学べないとか、場数が要るとか、

そういう言葉で私は野田先生から教えていただいたのだと思います。

 

どこに関係しているのかわかりませんが、私はけっこう奥深いところで、身体性を軽蔑している気がします。

身体を使うことが不器用なので、おそらく劣等感からきているのでしょうけれども。

身体を使う代わりに、頭を使ってきたのでしょうね。

 

私にはある種の自閉的傾向があります。

私は一人でいて、楽しく楽しく過ごせるのです。

本を読んだり、映画やドラマを見たり、音楽や落語を聴いたりして、

それについて感じ、考え、自分で言葉にして、ものを書いて、

また、そういうことを考える人たちの書くものや語るものを聴いて、

そうして際限なくマインドを働かせて、いつまでも時間を浪費することができます。

でも、それは浪費だなと思うのです。

悪いことはないのですけどね、これは娯楽です。私の今生でのお役目ではありません。

 

私はこの身体を使って、この頭を使って生み出したものを、他の人々のお役に立たせたいです。

そのためには、魂のレベルで、美しいものに触れていたいと思います。

美しいものを目指している限り、私は道を踏み外すことはないと思うのです。

私と同じものを美しいと思う仲間たちが、私にはいます。

得難い幸せだと感じています。