カウンセラー養成

今日はカウンセラー養成講座の前半の最終日でした。

今日、また1人のカウンセラーが誕生したそうです!おめでとうございます!

とても喜ばしいことです。


本来なら、私も前半のうちの1日、

カウンセラー養成講座の見学に行く予定だったのですが

諸事情によりキャンセルすることになりました。

学びを深め、クライアント役でお役に立てたらと思っていましたが、

応援するだけになってしまいました。



カウンセラー養成講座では

8日間のほぼ毎日、カウンセリングの実習をします。

定員8人の受講生同士、

カウンセラー役とクライアント役とを交代しながら、カウンセリングし合うのです。

カウンセラー試験も実習です。

20分以内に、エピソード分析によるアドラーカウンセリングができたら合格です。

エピソード分析によるカウンセリングですので、見ていれば、不合格の場合は不合格であることが納得できます。


私は養成講座受講中には試験に合格できず、

昨年のカウンセラー養成講座で2回再試験を受けさせていただいて、

2回目の再試験で合格しました。

たいへん厳しかったです。

何が厳しいかというと、先生が厳しいという意味とは少し違って、

自分の弱さと向き合うこと、その弱さをどう乗り越えるか、ということが厳しいのです。


自分もクライアント役をやりますから、

自分のライフスタイル上の改善すべき点に気づくのです。

そこに気づかないと始まらないんですが、

講座中は限界状態なので、

カウンセリング役としての失敗と相まって、

落ち込みまくります。

そこからどう這い上がれるかというのが、合否の分かれ目かもしれないと思います。

私は受講中は、這い上がれないままでした。

弱り切ってしまっていました。

カウンセリングするのが怖いと思っていたし、

どうしたらいいのかわからないと思っていました。

多分、私は自分にあきらめてしまったのですね。

だから合格できるはずがなかったです。



カウンセリングは、クライアントさんを勇気づける働きかけです。

ですから、カウンセラー自身が、

自分は必ずこのクライアントさんのためにお役に立つことができる、

と信じていなければなりません。

自分がどれだけ不甲斐なくて不器用で傲慢で、

我がままで共同体感覚から程遠く、自己執着にまみれていても、

それでも、カウンセラーとして何かお役に立てるはずなのです。

これまで一生懸命学んできたのだから。

共に学ぶ仲間たちから、勇気づけてもらってきたのだから。

たくさんのモデルを見てきたはずなのだから。

先生や先輩から教わったことは、私の中にあるのです。

それらが発揮できないのは、何らかの勇気が足りないからなのです。


みんなの見ている前でカウンセリングをするのは、とても勇気のいることです。

でも、この拙い私のカウンセリングに協力してくださるクライアントさんの大きな勇気を思って、

この方のために私には何ができるのだろうかと思ったとき、

そのとき、自分の方にばかり向いていたベクトルが

クライアントさんの方に向かったと思います。

私は再試験のときに初めてそのようになれました。



今回の養成講座の受講生の、私の知っている方たちや、今日合格された方は、

みなさん先月の練成講座で、

クライアントさんを援助しようという構えで

暖かいカウンセリングをしておられました。

技術的な巧さも、場数を踏んだ経験も、

みなさん私よりずっと上だと思います。

それでも、必ず落ち込まれると思います。

でも、その落ち込みから抜け出られたら、

きっと良いカウンセリングができ、そして合格されることと思います。



共に学ぶ仲間が頑張っておられること、それは何よりの勇気づけです。

今日の私はお役に立てないけれど、

またお会いして席を並べて学べる日を待っています。