文学

今日はカウンセリングでした。

 

クライアントさんがひとつひとつ気づいていかれることを、

一緒にひとつひとつ確かめていきながら、

これからどうやっていくか、ということを相談することができたんじゃないかな

と思います。

 

気づくというのは、とても怖いことです。

だから、そんなことはないです、とクライアントさんが抵抗することもままあります。

ご自分で気づくということには、大きな勇気がいると思います。

そして気づいて、自分が今までやっていたことをやめようと決断するのも、

とても大きな勇気がいります。

さらに、代替案を考えて、その新しい方法を試してみようと決断することも、

とても大きな勇気がいります。

また、そういう思考の過程をカウンセラーに素直にお話しくださることにも、

とても大きな勇気がいると思います。

私を信じてくださって、私に協力してくださって、本当にありがたく思います。

 

クライアントさんのひとつひとつの言葉は、

勇気を持ってお話ししてくださっている、

野田先生のおっしゃる「血の一滴一滴」なのだと、感じられるようになりました。

 

クライアントさんがお話ししてくださるエピソードは、

そのときのクライアントさんにとっては、それが精一杯の、

一生懸命の適応努力だったのです。

私だってそうです。

これはアドラー心理学のすすめる行動の反対をやってしまっているなあと

気づきながら、でも、他にしようがない…と思いながら、行動してしまいます。

「頭ではわかっているけどできない」という状態です。

そのことを、改善の余地のあることだよね、そこを変えてみれば、

きっともっと良い物語に変わるよねって、

そういう視点がカウンセラー側には必要です。

ですが同時に、このときのクライアントさんは本当に頑張っておられたんだな、ということを、

そういう適応努力の物語として、あたたかく受けとめることも大切だと思います。

そう受け止めている限り、クライアントさんを裁くことはないと思います。

 

そして、クライアントさんたちは、ご自分の行動を改善してみようと思って、

私とのカウンセリングに来てくださっています。

これは本当に、勇気のいることだと思うのです。

「カウンセリングは余計なお世話なんです」って野田先生はおっしゃいます。

そのことを心から理解していれば、

とてもクライアントさんのことを裁くことなんてできないと思います。

 

練成講座で素敵なカウンセリングを見て、私もああいう風にできるようになりたいと思いました。

優子先生とあゆみ先生がデモンストレーションしてくださったそれぞれのカウンセリングも、もちろんそうでした。

クライアントさんの、言葉にできないで気になっている大切なことを、

いったいどういうことなんでしょうねって、2人でゆっくり探しておられました。

クライアントさんに丁寧に推量を投げかけ、丁寧に確認をして、

クライアントさんが今何を学ぶことが一番の援助になるだろうかと、

そのことを一番に考えて、そのためにカウンセラーにできることをすべてしておられました。

クライアントだけが必死に考えるのでもなく、

カウンセラーが一方的に考えていくのでもなく、

カウンセラーが問いかけ、クライアントが答え、

2人で迷いながら、2人で気づきながら、2人で探しておられました。

これは、2人がお互いに信頼し合っているからできることです。

カウンセラーには、クライアントさんの改善すべきところがはっきり見えているけれど、

クライアントさんを決して裁いてはいないのです。

 

技術はまだまだなのだけれど、

私は、クライアントさんたちと、良い関係を築くことは、できるようになったと

そう思ってもいいんじゃないかなって、思えるようになりました。

それは、私のクライアントさんたちがみなさん、素直にお話しをしてくださって、

たくさんの気づきを得て、たくさんのことを学んでいかれるからです。

そして、私は、クライアントさんたちの精一杯の対処行動を、物語の中でとらえようとしているからです。

 

私には野田先生の言葉があるから。

そして野田先生の言葉を、血の一滴一滴として、大切に扱われて、

私たちに伝えてくださる優子先生というモデルがあるから。

だから私は、小さな一歩づつではあるけれど、先生たちの後を歩いていると思います。

 

自分の小ささという現実を受けとめるのも、勇気のいることです。

それから、降りかかるタスクを受けとめるのも、勇気のいることです。

でも、まず気づくことから始まります。

不安というのは、自分の前に現れた現実から目をそむけるために使う感情でしょう。

信じたくない現実を見つめようとすること、

それは本当に勇気のいることです。

そしてその現実を生きると決断したとき、

そこに美しい物語を描くことができるということが、

人間の強さなのだと思います。