仕事がまた忙しくなってきた。
新しくやって来た赤ちゃんや小さい子のお世話が増えたのだ。
小さい身体に、何もかもに一生懸命な姿。
私が赤ちゃんを抱っこしていると、小学生や中学生の子たちが集まってくる。
かわいいねって言って、みんなが赤ちゃんの一挙一動に見入る。
また、生まれたての赤ちゃんを抱っこできるなんて。
私がここに来てから、3人目だ。
ひとりはみんなにかまってもらって、人懐っこく物怖じしない積極的な子に育っていっている。
ひとりは別のところへと行ってしまった。でも先月、元気に育っていますという写真とお便りが届いた。
みんなの赤ちゃん。
小さい子たちも、赤ちゃんは小さくてかわいいね、と愛しむ。
そんな小さい子たちがとてもとても可愛くて、お兄さんだね、と言って頭を撫でる。
3歳の子と預かりの部屋で過ごしていると、大きい子たちが遊び相手をしてくれる。
小さい子たちは、みんなの優しさを引き出してくれる。
一緒に遊んでくれたり、おしゃべりしてくれたり、おもちゃを片付けてくれたり、私が少し用事をする間見てくれたり、
大きい子たちがいてくれるととても助かる。
ありがとうとお礼を言うと、照れ臭そうに喜ぶ。
「人は貢献しないではおれないのです」というアドラーの言葉を思い出す。
職員さんたちも皆そうだ。
迎えに行ったりご飯を作ったりお風呂に入れたり寝かしつけたり、
少しでも心地よく楽しく過ごしてもらえるように、心を込めてお世話している。
きっと私たちのこの愛情が、大きい子たちにも届いているのだろう。
小さい子たちが大きい子たちの名前を呼ぶと、呼ばれた子はとろけそうな顔をする。
私たちは一緒に暮らしている。一緒に生きている。
この子たちにとって、ここが良いところであってほしいと願う。
中学生の不登校気味のSちゃんは、登校支援というものによって特別扱いをされている。
それが彼女のためになっているとは私には思えない。
彼女がすべきことをしないように働きかけてしまっているからだ。
いや、彼女だけでない、他にも数人、同じような状態になってしまっている。
でもそのSちゃんが、わがまま放題に見えるSちゃんが、小さい子の相手をしてくれる時は本当に優しいお姉さんをしてくれる。
小さい子をよく観察していて、小さい子の良いところを教えてくれる。
小さい子や赤ちゃんと一緒にいると、Sちゃんと他愛のない会話が続く。
片付けが嫌いな小学生のFくんは、小さい子がいると自分の物も整理してくれるし、小さい子が出したおもちゃを一緒に片付けてくれる。
「小さい子のお世話は大変だねー」と、私を労ってくれる。
とても嬉しい。
ひとりっ子で周りを見るのが苦手と言われていたけれど、小さい子たちや小学生中学生のみんなに揉まれて、とても成長したと思う。
いや、私自身がかなり変化したということも感じる。
今までだったらわずかにでも陰性感情が湧いていたことに対して、感情がほとんど動かなくなった。
先日、リンポチェにお会いしてから。
お母さんが出かけている時、お弁当屋さんでご飯を頼む家が多い。
2月頃のある日、18時半頃。
中学生のYちゃんのお弁当が届いたから、内線をして事務室まで取りに来るように伝えた。
「えー、やだ。」
「え?どうするの?」
「持って来て。」
「持って行くの?私が?」
「うん」
「えー、それはちょっと…。降りておいでよ。」
「やだ。行かんから。」
内線は切れた。
私は召使いじゃないんだぞ、と怒っていた。
居室まで持って行くなんて、そこまで過保護にしちゃだめだと思った。
ここで甘やかすから、何もかもを自分でしようとしなくなるんだと思った。
30分経ち、1時間が経った。
私はお腹が空いて、夜ご飯を食べようと思った。Yちゃんのことを思った。
Yちゃんのお弁当を注文してますからとお母さんは言い残して、お姉ちゃんと2人で外食に行ってしまったのだった。
深く考えることを止めなければ仕事にならないぐらい、わけがわからないこと、無茶苦茶なことばかりの現場である。
Yちゃんに対する怒りは消えていた。
内線をしてみた。
「Yちゃん」
「何」
Yちゃんは穏やかに出てくれた。
「あのさ、お弁当取りに来ないの?」
「うん、取りに行かんよ」
「お腹は空かないの?」
「すいた」
「そうだよね。私もお腹空いてご飯食べようと思って、Yちゃんもお腹空いてるだろうなって思ったの。…持って行くね。私、このままお弁当置いとけないわ。」
「ありがとう。」
「うん。今度からは取りに来てね。今日は持って行くけど。」
「うん。」
あのぶっきら棒なYちゃんが、私にありがとうって、言ってくれた。
それがとても嬉しくて、でも、ひとりでいじけていただろうYちゃんを思うと悲しかった。
そうやって意地を張り続けるから、こじれていくんだよな。
今私が権力争いから降りて、彼女の思い通りに動くのは、良いことなのかどうなのかわからないけれど、
私のYちゃんを思う気持ちが伝わったのなら、それで十分だと思えた。
チャイムを鳴らす。
すぐに出て来てくれた。
「どうぞ。冷めちゃったよー…ほんとに、全然降りてこないんだからさー」と笑って言えた。
「うん、仕方ないや。ありがとう」
Yちゃんも笑っていた。
初めから、私が怒らずにいられたらよかったなって反省した。
結局甘やかしてしまうのなら、私が意地を張ることの意味なんてない。
今日は別の中学生、Xちゃんのお昼のお弁当を注文することになっていた。
内線をしたが出て来ないので、部屋までお弁当屋さんのメニューを持って上がる。
ここまでせなあかんのか?過保護すぎるだろ、と思う。
でも他の子のお弁当の注文もするので、お昼の時間が迫っているため、私は今なんとかしてXちゃんの注文を聞かなければならない。
パセージを裏切りまくりの日々だ。
チャイムを鳴らしても反応がない。
ノックして声をかけて部屋に入る。
寝ているXちゃんを起こす。
ようやくお弁当の注文を聞くことができた。
そしてお弁当屋さんに電話して、届くのを待った。
淡々と進められた。Xちゃんに対しての陰性感情はない。
自分が過保護に傾いていることに自覚はあるが、それが嫌なのは、良いアドレリアンでいたいという執着なんだろうなとも思う。
お弁当が届いた。Xちゃんに内線をして、取りに来るよう伝えた。
「えー、無理」
「え、無理って?どうするの?」
「持って来て」
「えー?私が?」
「うん」
「降りて来れない?」
「無理」
「はーい…じゃあデリバリーお部屋までってことね」
「ありがと!」
「もう。行きますねー」
陰性感情が湧かなかった、というのは嘘かな。ちょっとは湧いたと思う。
でも、怒りまではいかなかった。
甘やかすのはよくないと思うけれど、Xちゃんも大変な中頑張って過ごしているんだと思うと、
私にはこれぐらいのことしかお手伝いできないのだし、Xちゃんのお手伝いができることはありがたいことだなと思えた。
それに、Xちゃんはちゃんと何が良くて何が良くないか、わかっている。
金髪に染めたりしていたけれどあれは本当に夏休みの間だけで、その後黒く染め直して、浮き沈みはあったけれど今は毎日学校に行って、勉強も頑張っている。
チャイムを鳴らした。
ドアを開けたらXちゃんが濡れた髪を乾かしながら立っていた。
「弁当屋でーす」
「ありがと 笑」
「お風呂上がりだったんだ、それで降りれなかったんだね」
「うん」
「じゃあね、失礼します」
「バイバイ」
私は、嬉しかった。
Xちゃんと権力争いをしないでいられたこと、仲間のままでいられたこと、
Yちゃんのときのような失敗をしないでいられたことが。
ひとつひとつの些細な仕事を、相手のために心を込めて行いたいと思う。
私のためにを捨てたいと願う。
そうやっていると、相手が私のためを思ってくれていること、私のためにしてくれていることに気づける。
私が相手の役に立てることが嬉しいように、相手も私の役に立てることを喜んでくれることに気づける。
赤ちゃんも、小さい子たちも、どれほど役に立ってくれているだろう。
私たちの生活を、明るく豊かなものにしてくれている。
私たちは本当は、ひとつなんだろうと思う。
ここにいると、悲しいことやとんでもないこともたくさん起こるけれど、
毎日毎日、一瞬一瞬、様々なタスクが降りかかって来て、私にできることをすることができる。
ありがたいことだ。
そしてみんなが私を受け入れてくれている。ありがたいことだ。